2025年5月3日土曜日

 

牧師の日記から(518)「最近読んだ本の紹介」

 池央耿『翻訳万華鏡』(河出文庫)海外ミステリーなど幅広い翻訳を長年担ってきた著者のエッセー集。翻訳にまつわるエピソードや苦労話が綴られている。この人の翻訳にどれだけお世話になったことか。著者が手がけた訳書の一覧が巻末に掲げられていて、エンターテインメントからドキュメンタリー、音楽関係から純文学に至るまで、実に多岐にわたるその訳業に瞠目させられる。因みに私がこの人の翻訳で読んだものを拾ってみると、アシモフ、ウェストレーク、ヒギンズ、フリーマントルなど20冊近くになる。池さんを初め、この国のミステリー作品の邦訳レベルは極めて高い。それに比べてキリスト教書籍(特に神学書や注解書)の翻訳のお粗末さは実に嘆かわしい。読んでいて日本語が理解できない訳文が多過ぎるのだ。

 高橋源一郎『ラジオの、光と闇』(岩波新書)著者がディスク・ジョッキーを務めるNHKのラジオ番組「読むラジオ」の巻頭エッセーの第二弾。毎週毎週、よくこれだけの話題や書籍紹介を提供できるものだと改めて感心する。中でも考えさせられたのは、フランツ・カフカが友人のオスカー・ポラックに送ったた手紙の一節。「ボクたちは、ボクたちに噛みつき、傷を負わせる本だけを読まねばならない。もし読んでいる本が、脳天への一撃のようにボクたちを揺り起こすのでなければ、どうしてわざわざ本など読む必要があるのだろうか。ボクたちに必要なのは、耐えられないほど痛ましい不運のように、ボクたちを打ちのめし、絶望させる本だ。・・・どんな本も、ボクたちの内側にある凍りついた氷の海を砕く斧でなければならないんだ。僕はそう信じている。」楽しみのために本を読んでいる者への痛撃!

伊藤比呂美編『石垣りん詩集』(岩波文庫)石垣りんの詩が好きで繰り返し読んできた。伊藤比呂美という一世代若い詩人の編集したバージョンで読み直した。未発表のものや未収録作品も含めて120篇が選ばれている。中に詩人・石原吉郎を追悼した一篇を見出して嬉しかった。「吉郎さんよ/苦労ばかりしてさ/その重たさで存在していたような貴方は/最後の葡萄酒一杯かたむけ/天然の位置を定めにかかった。・・・」(戒能信生)

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