牧師の日記から(537)「最近読んだ本の紹介」
池田澄子・福島申二「対談『戦争が廊下の奥に立つ』時代の俳句のこと」『世界』10月号(岩波書店) 私は俳句には全くたしなみがない。しかし戦前・戦中の時代、俳人や川柳作家たちが治安維持法に問われて逮捕されたと聞いている。歌人たちにそのような例はほとんどなかったそうだ。なぜ俳人だけが弾圧されたのか興味があった。池田さんは『世界』の「岩波俳句」の選者、福島さんは朝日新聞の「天声人語」を長く担当し、しばしば俳句を取り上げたことで知られる。
「戦争が廊下の奥に立ってゐる」渡邊白泉
平易な言葉で、戦争が日々の暮らしのすぐ傍らに入り込んできている事実を鋭く描き出している。「銃後俳句」の一句。
「夏の海水兵ひとり紛失す」渡邊白泉
人が部品か工具のように扱われる異様と非情を万の言葉にもまして浮かび上がらせます。(福島評)
「出征ぞ子供等愛犬は歓べり」三橋敏雄
何も知らない子供や犬ははしゃいでいるが、本人や家族は喜んでいないことを鮮やかに切り取っている。「は」を「も」に換えると何の変哲もない句になる。(池田評)
「手も足ももいだ丸太にしてかへし」鶴彬
「屍のゐないニュース映画で勇ましい」鶴彬
「銃剣で奪った美田の移民村」鶴彬
これは川柳で、川柳作家の方が先に弾圧された。鶴彬は昭和13年に獄死しています。言っていることがモロですからね。まるで捕まるのを覚悟している感じもある。(福島評)
「戦死せり三十二枚の歯をそろへ」藤木清子
忘れられていた俳人を宇多喜代子さんが発掘された。切ない、忘れがたい句ですよね。戦死するのは健康な若い人。(池田評)
「すかんぽや支那の子供はかなしかろ」高篤三
昭和13年の句。何げないのですが、前年の暮れには南京が陥落して日本中が提灯行列で湧きました。すかんぽの季語は春。日本が中国に敵愾心を燃やしていた時期の句なので、「子供はかなしかろ」が記憶に残っています。この人は東京大空襲で妻や子どもたちと一緒に亡くなっています。(福島評) (戒能信生)