2026年10月10日土曜日

 

牧師の日記(572)

10月4日(日)主日礼拝。ヨハネ福音書13・1-20の講解説教「洗足のイエス」。ヨハネ福音書は、6章の5000人のパンの奇跡にこそ「聖餐」の起源を置き、「最後の晩餐」の記事に差し替えて「洗足」を強調している。すなわち「主の晩餐」は、12人弟子たちだけに限定されたものではなく、お腹の減った大勢の群衆と食べ物を分かち合ったあのパンの奇跡こそが原型であると主張する。そして「最後の晩餐」においては、イエス自ら弟子たちの汚れた足を洗って、「互いに足を洗い合いなさい」と命じた。そこにこの福音書の強調点があると言える。礼拝後、臨時招聘委員会で、11月に小西二巳夫牧師夫妻を招いて説教をしていただくとともに懇談の時をもつことを話し合う。その後、持ち寄りランチ、定例長老会と続く。林信子さんの受洗試問会、田村喜代子さんの南房教会への転出が承認される。

5日(月)この日は支区の教師会だが、私は失礼して書斎の整理に取り掛かる。先ず、100冊を超えるファイル類(各神学校での講義レジュメや資料)をすべて廃棄しなければならない。ファイルのプラスチックや金具類を取り除いて、紙類だけをまとめて資源ゴミとして出す。講演したり研究論文を書いたりする度に集めた資料やノート類もすべて処分する。結構大変な作業。

6日(火)一階ホールにまではみ出ていた資料類の整理。富坂キリスト教センターのプロジェクト「キリスト者平和運動の研究」で収集した資料を段ボール箱に詰め直して富坂に送る。雨宮栄一先生の遺稿『反ナチ抵抗運動とモルトケ伯』を編集した際に参考にしたドイツ語文献(約30冊)を農村伝道神学校に送る。ついでに農伝の図書室から借り出したままになっていた書籍が何冊も見つかり、それも返却する。

7日(水)数年前NHKのファミリー・ストーリーの番組スタッフから、脚本家の倉本聰を取り上げるので、その父上の山谷太郎に関する資料探しを依頼された。その際、山谷太郎が編集した『一路十字架へ』を大洲教会から借りたままになっていたのを思い出して、お詫びの手紙を添えて送り返す。ついでに同胞教会史研究のために借りていた『大津教会史』(四種類)も礼状を添えて送付する。整理作業はまだまだ続く。(戒能信生)

2026年10月5日月曜日

 

2026年10月11日 午前10時30分

聖霊降臨節第21主日 礼拝(No.28)

             司式 戒能 信生 

黙  想         奏楽 梅本 順子

招  詞  93-1-8

讃 美 歌  11

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  77・1—20

讃 歌 歌  208

聖  書  マルコ福音書3・1-6b

祈  祷

讃 美 歌  575

説  教  「まほうの手」

               大森意索伝道師

讃 美 歌  446

使徒信条  93‐4‐1A

献  金            橋本悠久子

報  告

頌  栄  29

派遣祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・戒能牧師、奏楽・梅本順子

・礼拝後「私の愛唱聖句」萩原好子

・ホールに軽食が用意されています(サンドイッチと紅茶)

12:30 弓場さつきオカリナ・コンサート受付開始

13:00 弓場さつきオカリナ・コンサート開演

・本日、大森意索伝道師は岡山御井キリスト教会で説教奉仕です。

2026年9月30日水曜日

 

 

子育て相談カフェ通信(16)                 

 暑い夏も終わり、はや10月になりました。今年は秋雨前線が長く停滞し、あの酷暑日が過ぎてからは、雨の日が多くなりました。

以前もお伝えしましたが、私は、月1回、岡山の教会(単立岡山御津キリスト教会)に行っています。現在の教会員は、90代2名 80代2名 70代1名 60代1名でしたが、その後、40年前に教会学校に来ていた2名が加わりました。地方の教会の困難さはどこも同じような感じだと思いますが、高齢化とともに、人数が減少し、礼拝を持つことそのものが厳しいというのが現状です。そうした中で、2022年1月から月1回、岡山に行くようになりました。今年1月から説教を月1回、録音して送るようにしました。礼拝の準備自体が、高齢化のため難しくなってきたためです。このペースに慣れたこともあり、7月からは録音を2回にしました。振り返れば、岡山に行き始めて4年半がたちましたが、課題は徐々に増加していて、どこまで自分ができるものかと思ったりします。そんな課題の多いなかでこの8月からは、30年近くやめていた車の運転を再開しました。地方ではバスも少ししかなく、施設に面会にいくためにも必要だと考えたからです。そんなわけで、地方の教会の中でこれからどこまでできるのか考えさせられています。

千代田教会もまたこれからに向けて課題を抱えていて、いろいろと心配もあるかと思います。戒能先生が教会を退去されたあと、どのようにすれば良いものかと思案しています。それでも岡山の教会に比べたら、人材的にも、人数的にも経済的にも、まだ大丈夫だとも思っています。子育て相談カフェには子どもは集まりませんが、来年度の準備の必要もあり、9月からは子育て相談カフェの時間をその準備の時間として使おうと考えています。これからの千代田教会について皆様と相談しながら、「何とかなりますね」と主の計画を信じていこうと思っております。できることを少しずつ行っていこうと思いますが、不得意分野も多いので、ご協力くださるようお願いいたします。

(大森意索)

2026年9月27日日曜日

 

2026年10月4日 午前10時30分

聖霊降臨節第20主日 礼拝(No.27)

             司式 大森 意索 

黙  想         奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-8

讃 美 歌  11

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  76・1—13

讃 歌 歌  288

聖  書  申命記6・4

ヨハネ福音書13・1-20

祈  祷

讃 美 歌  487

説  教  「弟子の足を洗うイエス」

                戒能 信生牧師

讃 美 歌  543

使徒信条  93‐4‐1A

献  金  対外献金「キリスト教盲人伝道協議会の働きを覚えて」  橋本 茂

報  告

頌  栄  29

派遣祝祈

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・大森伝道師、奏楽・戒能直子

・礼拝後、臨時招聘委員会

・持ち寄りランチ

・定例長老会

・本日、柴田朋子伝道師は、奥羽教区横手教会で説教奉仕です。

 

2026年9月26日土曜日

 

『ヒンド・ラジャブの声』

柴田朋子

映画『ヒンド・ラジャブの声』を観ました。「ヒンド・ラジャブ」は2024年1月、ガザ地区で殺害された6歳の少女の名前です。ヒンドさんが乗っていた車はイスラエル軍の攻撃に遭い、同乗していた大人たちはみんな死んでしまいます。一人生き残ったヒンドさんが人道支援組織「赤新月社」に助けを求める通話の録音が、映画の核です。他の登場人物は俳優が演じていますが、ヒンドさんの声だけは実際の録音です。舞台は赤新月社のオフィス、電話を受けたスタッフたちは代わる代わるヒンドさんを励ましながら、イスラエル軍の許可を得て救急車を向かわせようと調整を続けます。

最初の通報から何時間も経ち、ようやく二人の救急隊員を乗せた救急車が出動します。助けが近づいていることをヒンドさんに知らせて励ましつつ、救急隊員とも電話を繋ぎ、現地に誘導します。ようやく彼女を救い出すことができるという喜びに溢れた場面です。

ですが観客である私はこの物語の結末を知っています。許可を受けたはずの救急車は現地に着く直前に爆撃され、救急隊員も殺害されます。ヒンドさんが乗った車もさらに銃撃を受け、とうとうヒンドさんも命を落とします。フィクション映画なら、主人公の小さな女の子がなす術もなく殺されるなどということはあり得ないでしょう。でも現実を描いたこの映画では、それが起こる。少女の命のために何人もの大人が必死で繋いだ希望を、電話越しにカタカタと聞こえる銃声が粉々に砕くのです。

調整の最中、救急車出動の許可がなかなか出ないことに苛立った赤新月社のスタッフは、SNSでヒンドさんの通話音声と事情を流し、世界中に訴えます。私も当時、それを見ていました。私には何もできないけれど、現場近くにいる力ある人がきっと動くはず、世界中が見ているのだから見殺しになどできないはずだと信じていました。ですが実際には誰もが無力で、ヒンドさんを助けることはできませんでした。映画を観た後、改めて無力感に打ちのめされたのでした。

その後、監督のインタビュー*を読んで「無力感から生まれる怒りは、何かをするための非常に大きな原動力になる」という言葉に励まされました。「あなたたちが経験していることを、私たちは理解している」という連帯が、チャリティーよりも必要なのだと。知ることしかできないのだとしても、それがいつか大きな力になることを信じるしかありません。目にしたことを語り継ぎ、世界に正義と尊厳を取り戻すための祈りと行動を探し続けたいと思うのです。

* https://www.cinra.net/article/202609-hindrajabjp_imgwyk

 

 

2026年9月27日 午前10時30分

聖霊降臨節第19主日 礼拝(No.26)

             司式 石井 房恵

黙  想         奏楽 向山 康子

招  詞  93-1-7

讃 美 歌  10

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  75・1—11

讃 歌 歌  94

聖  書  ヨハネ福音書13・20-26、15・11-13

祈  祷

讃 美 歌  510

説  教  「一粒の麦」

                戒能 信生牧師

讃 美 歌  407

使徒信条  93‐4‐1A

献  金              萩原 好子

報  告

頌  栄  28

派遣祝祈

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・牧師、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

・週報等発送作業(ご協力ください)

・らふぁえる練習

・『同胞教会の歴史と資料』出版記念会(15:30)於・原宿教会)

・本日、大森意索伝道師は豊島岡教会で、柴田朋子伝道師は、王子教会で説教奉仕です。

 

牧師の日記から(571)「最近読んだ本の紹介」

ハワード・ノルマン『カナダ合同教会 日本での100年(第二部)』(未定稿)グエン・ノルマンの担当した第一部に引き続き、1924年~1973年のカナダ・メソヂストの日本宣教の記録。取り分け戦前から戦中、そして戦後にかけての日本の教会の歩みが、宣教師たちの眼にどのように映っていたかを知ることができる。日本人を心から愛し、日本社会に対する深い理解と同情をもちながらも、天皇制と戦争体制に巻き込まれていく教会を、言わば切歯扼腕しながら見つめていた宣教師たちの姿が描かれる。中でもアルフレッド・ストーンは、大正期の終わりからカナ・メソの宣教師として活躍し、戦後すぐに再来日して日本の教会の再建と、とりわけ農村伝道のために尽くした。そしてあの青函連絡船洞爺丸に乗り合わせ、自分の救命具を日本人に譲って、自らは犠牲になった。文字通り日本のために命を投げ出したのだ。今でも農村伝道神学校にストーン記念館があるが、カナダから来た歴代の宣教師たちの足跡から学ぶことは多い。訳者の後藤哲夫さんから協力を依頼されて目を通した。立派な翻訳で、出版する意味がある。

中国引揚げ漫画家の会編『少年たちの記憶』(ミナトレトナス)先日、オリーブの会で橋本悠久子さんが大連からの引揚げの経験を話してくれた。その時にも、漫画家に満州からの引揚げ者が多く、その体験をイラスト入りで描いていることを紹介されていた。それで林信子さんが、その原本の大型イラストブックを持って来て貸してくれた。赤塚不二夫、上田トシ子、ちばてつや、北見けんいち、高井研一郎、古谷三敏、森田拳次など10数名の漫画家たちが、満州での戦中から戦後の実体験、とりわけ引揚げの記憶を、イラスト入りで証言している。この国の首相が日本の戦争責任について「自分は反省なんかしない」と発言したそうだが(そして今年の8月15日の発言でも「反省」という言葉が省かれた)、この漫画家たちの絵と証言は雄弁に日本の戦争責任を証ししている。その執筆者の一人千葉徹彌さんは、私の前任地の東駒形教会で、中学生の時、母親と一緒に洗礼を受けている。教会の近くに住んでいて、日曜学校の生徒だったのだ。当時の青年会の機関誌にイラストも描いている。それで2013年に東駒形教会創立90年の際、千葉さんを招いて特別講演をしてもらった。地域の人々も含めて100人以上の参加者があって、礼拝堂は満員だった。(戒能信生)