2018年5月19日土曜日


牧師の日記から(162

513日(日)主日礼拝。ペトロ書講解説教の2回目「聖なる者になりなさい」。Ⅰペトロ書は、1世紀の終わりから2世紀の初めにかけての時期、つまり初代教会の第世代の信徒たちに宛ててペトロの名を借りて書かれた手紙とされる。そしてこの箇所で、信徒たちになんと「聖なる人になりなさい」と勧められている。この言葉から、この国の大正期から昭和の初めにかけての救世軍の山室軍平の宣教を連想した。山室軍平はそれまで宣教の対象とされなかった庶民や民衆に懸命に伝道した。そして入隊する人々に、具体的に酒を断ち、賭けごとや女遊びを止めて、クリスチャンとしての聖なる生活をすることを求めたと言われる。そこでは、信仰は具体的な生き方と直接結びついていたのだ。ペトロ書が取り上げているのは、そのような信徒たちの生き方ではなかったのか。礼拝後、聖書を読む会は、戒能直子さんと発題で創世記16章の「サラとはガルの葛藤」を取り上げる。婦人会以外の男性たちも参加して盛会だった。夜は「母の日」ということで、家族全員集まって一緒に食事をする。

14日(月)夜は日本聖書神学校の授業。この日は海老名弾正についての受講生たちのリーディングレポート。

15日(火)午前中、神学読書会。黒崎真著『マルティン・ルーサー・キング』(岩波新書)を取り上げ、豊島岡教会の濱田美也子牧師が丁寧に紹介してくれた。出席は牧師5名に信徒2名の計7名と少なかった。午後、『時の徴』1511100部が届く。来週発送するので、その準備をしなければならない。これが結構面倒で、郵便振り込みでの購読料を一つ一つチェックして名簿を更新した上で、購読者約500名の宛名ラベルを印刷。購読依頼のための寄贈分約400通(東海・神奈川・西東京の諸教会など)のラベルと共に封筒に貼り、さらにDM便のシールを貼る作業を直子さんや羊子にも手伝ってもらう。

16日(水)午前中、聖書を学ぶ会。この日は士師記10章以下のエフタ物語を取り上げる。アンモン人との戦闘を指導した士師エフタは、遊女の子として排斥されるが、危機に当たって軍事的指導者として頭角を現わす。

17日(木)朝からキリスト教会館へ。管理組合の委員会と決算総会。その後、NCAの機関誌『はなしあい』の発送。夜は、親しい友人の牧師たちと四ッ谷駅前で落ち合い、不思議なお店に連れて行かれる。飲み物がセルフサービスで、何でも自由に飲み放題。牡蠣等を蒸した料理が美味しかった。久しぶりに痛飲する。

18日(金)午前中準備をして、午後から農村伝道神学校の授業。蒸し暑い日で、山道を歩いて汗をかいたが、いい運動にはなる。夕方帰宅して、夜はエパタ教会での支区宣教研究委員会。支区の機関誌『北斗星』のバックナンバーを読み合わせて、北支区の歩みを検証する作業。

19日(土)午後から志村栄光教会に行き、按手礼・准允式に出席。帰宅して明日のペンテコステ礼拝の準備など。(戒能信生)

2018年5月13日日曜日


2018年5月20日 午前10時30分

ペンテコステ主日合同礼拝(No8

      司式 荒井  眞  

    奏  黙 想        奏楽 梅本 順子

招  詞  93-1-49

讃 美 歌  17 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編145・1~21(着席のまま)

子どもの祝福            戒能牧師 

讃 美 歌  526

聖書朗読  ヨエル書3・1-5

      Ⅰペトロ書1・17-26

祈  祷

讃 美 歌  360

説  教  「神の生きた言葉」

               戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  343

使徒信条  (9341A

聖 餐 式  配餐・野口倢司、高岸泰子

讃 美 歌  78

献  金             大森 意索     

報  告

頌  栄  89(二度繰り返して)

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校(合同礼拝に合流)

・礼拝後、教会学校生徒たちによるペンテコステ・イベント

・オリーブの会「茶道の話」津金寿子

2018年5月12日土曜日


牧師の日記から(161)「最近読んだ本の紹介」

山崎正和『不機嫌の時代』(講談社学術文庫)森鴎外、夏目漱石、志賀直哉といった明治の文士たちの不機嫌の正体を分析した文芸評論。ずっと以前に斜め読みしたが、必要があって改めて読み直した。「不機嫌」という気分を手掛かりに、明治期の知識人たちの心情を読み解こうとする。著者によれば、「近代人でありながら近代的自我を実感できない」という内面的空洞こそが、彼らの不機嫌の正体とされる。この「近代的自我」の問題と、明治期のキリスト者たちの罪意識の問題は通底するところがあるのではないか。例えば植村正久は福沢諭吉を高く評価しながら、しかし福沢には罪に対する理解がないと批判しているのだが…。

黒崎真『マルティン・ルーサー・キング 非暴力の闘士』(岩波文庫)キング牧師の短い生涯と公民権運動の全体をコンパクトに紹介してくれる。バーミンガムでのバス・ボイコット運動や1963年のワシントン行進での「I have a dream」の演説については、これまでも説教などで幾度か紹介してきた。しかしそれ以降、1968年に暗殺されるまでのキングの苦闘と挫折についてはきちんと理解していなかった。それはベトナム戦争への反対や「貧者の行進」に象徴される政治的・経済的な不正義・不公正に対する取り組みだった。それは当時、政府には受け入れられず、マスコミの評価も高くなかったので、公民権運動の拡がりの中でもキングは孤立していたという。その最中での暗殺だったのだ。つまり私たちにとって美しく都合の良い物語だけではなく、生身のキングの闘いから、その非暴力抵抗の信仰と思想を改めて学び直す必要があるのだろう。

鶴見俊輔・重松清『ぼくはこう生きている きみはどうか』(潮文庫)鶴見俊輔と作家の重松清との対談集。教育というテーマを中心に、鶴見の少年時代からの痛切な体験が語られる。改めてこの稀有な思想家の生涯に思いを馳せた。

宮崎賢太郎『潜伏キリシタンは何を信じていたのか』(角川書店)明治の初め、長崎の大浦天主堂に潜伏キリシタンが現れたという奇跡的出来事を、批判的に検証したもの。潜伏キリシタンたちの信仰は、カトリック信仰というよりも、祖先からの宗教習慣を守って来たに過ぎないというのだ。著者はそこから、この国でキリスト教徒が増えない理由を探っていて、考えさせられた。

田亀源五郎『弟の夫 14』(双葉社)連休中、たまたまNHKテレビのドラマ『弟の夫』の再放送を観た。双子の弟がカナダで病死し、その「夫」とされるカナダ人男性が兄の許を訪ねてくる。弟の同性愛を心の中で受け容れられなかった兄が、「弟の夫」との出会いの中で徐々に心を開き、理解を深め、家族として迎え入れるまでの顛末を描く。先週紹介した平良愛香牧師の同性愛についての著書を読んだところだったので、とても印象的だった。それで原作のコミックを羊子に買ってきてもらって目を通した。漫画として特に優れているわけではないが、同性愛の問題を分かりやすく説明してくれる。そう言えば、友人の息子もゲイで、現在カナダでパートナーと暮らしていることを思い出した。(戒能信生)

2018年5月13日 午前10時30分

復活節第7主日礼拝(No7

      司式 石井 房恵  

    奏  黙 想        奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-44

讃 美 歌  17 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編144・1~15(着席のまま) 

讃 美 歌  577

聖書朗読  イザヤ書45・1-7

      Ⅰペトロ書1・10-16

祈  祷

讃 美 歌  481

説  教  「聖なる者に」

               戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  434

使徒信条  (9341A

献  金             荒井  眞     

報  告

頌  栄  89(二度繰り返して)

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・野口洋子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

・聖書を読む会(婦人会主催)創世記161-14「サラとハガルの葛藤」戒能直子

2018年5月5日土曜日


牧師の日記から(160)「最近読んだ本の紹介」

中村小夜『昼も夜も彷徨え マイモニデス物語』(中公文庫)12世紀のユダヤ教のラビ・マイモニデスの生涯を、なんと日本人が小説化した。マイモニデス(ユダヤ名モーセ・ベン・マイモン)は、スペインのコルドバで産まれ、迫害を逃れて各地をさまよい、最後はエジプトでユダヤ学者として、またイスラム王サラディンの宮廷医として活躍し、医学、哲学の分野にも大きな業績を残している。ちょうど十字軍の時代で、宗教戦争の只中で、各宗教を横断して思索を深め、アラビア語で書かれたその著作の多くがラテン語に訳されて中世のヨーロッパ思想にも大きな影響を与えたとされる。私も名前だけしか知らなかったが、この小説で当時の時代背景やイスラムとユダヤ教、キリスト教の共存の可能性を追求したその自由で柔軟な思想に触れて深い感銘を受けた。特に現代の宗教・宗派対立に対して、マイモニデスの思想は再評価されるべきだろう。しかし何よりこのような小説を専門家ではない日本人が書いたことに対して心から敬意を表したい。とても読みやすく、宗教の本質とその使命を描き出している。

高橋亨『奇跡の治療薬への挑戦』(幻冬舎)牧師の勉強会・月曜会で一緒になる川島貞雄夫人から頂いた。戦後間もない時期に東風睦之というクリスチャン医学者が、旧約聖書の列王記下20章の、預言者イザヤがヒゼキヤ王の腫れ物を干しイチジクの実を患部に当てて癒やしたという記事をヒントに、イチジクの薬効を研究したという。その結果、抽出されたベンズアルデヒドという成分に顕著な抗がん作用が確認され、奇跡の治療薬として注目された。ところが実用化直前に、製薬会社の株価操作などの不祥事で中断されて今に至るも未承認とのこと。

 エイミー・ツジモト『満州天理村生琉里の記憶 天理教と731部隊』(えにし書房)もう30年ほど前、満州開拓基督教村の資料を発掘して、賀川豊彦たちによって推進されたキリスト教開拓村の実態を明らかにしたことがある。その時、他の宗教開拓団のことも調べて、天理教開拓団が存在したことは知っていた。しかしこの開拓団に隣接して日本陸軍の細菌兵器開発731部隊があったことは初めて知った。しかも団員たちの多くがその施設建設に協力し、さらに小学生たちに実験用の二十日鼠の飼育が命じられ、敗戦間際に団員の一部が731部隊の証拠隠滅作業に動員されたという。重い口を開いた団員の証言をもとに書かれた日系アメリカ人研究者のルポルタージュ。

 平良愛香『あなたが気がつかないだけで神さまもゲイもいつもあなたのそばにいる』(Gacken)農村伝道神学校で私の受講生だった平良愛香牧師の手記。平良牧師は神学校在学中にゲイであることを公にした上で教団の教師になった。セクシャル・マイノリティーの当人が周囲の偏見と無理解の中でどれほど苦しんで来たか、平良君の少年時代から今までの歩みを赤裸々に吐露されている。その葛藤の詳細を読んで、私自身の中に偏見や誤解があったことを思い知らされた。特にキリスト教界の無知と偏見を正すためにも必読書ではある。(戒能信生)

2018年4月29日日曜日


2018年5月6日 午前10時30分

復活節第6主日礼拝(No6

      司式 橋本  茂  

    奏  黙 想        奏楽 内山 央絵

招  詞  93-1-44

讃 美 歌  17 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編143・1~12(着席のまま) 

讃 美 歌  487

聖書朗読  創世記18・23-33

      Ⅰペトロ書1・1-9

祈  祷

讃 美 歌  369

説  教  「今しばらくの苦難」

               戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  78

使徒信条  (9341A

献  金  対外献金「東支区荒川教会会堂・牧師館建築のために」荒井久美子        

報  告

頌  栄  89(二度繰り返して)

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・戒能牧師、奏楽・内山央絵

・礼拝後、お茶の会

・定例長老会、

2018年4月28日土曜日


牧師の日記から(159)「最近読んだ本の紹介」

山形孝夫『砂漠の修道院』(平凡社ライブラリー)聖書学者でもある著者が、エジプトのコプト教の修道院をフィールドワークで繰り返し訪れたレポート。初代キリスト教史において、特に聖アントニウスを初めエジプトの隠修士たちの孤独な修道生活は知っていたが、現代コプト教でそれがそのまま継承されている事実に先ず驚かされた。ナイル川西岸の砂漠地帯に小規模な修道院があり、さらにそこから奥地に一人離れて修道生活をする人々がいる。いずれもカイロ大学を初めとする高等教育を受けた知識人で、職業を放棄し、家族を捨て孤独な修道生活を続けているという。風の中にキリストの招きを聴いたというのだが・・・。

藤門弘『シェーカーへの旅』(平凡社)18世紀の後半、イギリスからクウェーカーの流れを汲むキリスト者の一団がアメリカ大陸に入植する。アン・マリーという中年の女性をリーダーとする8人で、これがシェーカー派という独特の共同体を形成する。19世紀にかけて全米各地に拡がり、共同体は最盛期を迎える。結婚を否定しているので子どもは産まれず、孤児を引き取って育て、成人すると共同体を離れるか残るかを自ら決めさせた。20世紀の半ばには構成員が高齢化して終焉を迎えるが、現在ではその手作り家具や独特の建築物が知られている。その素朴な優美さと機能性は写真を見るだけで驚くほど現代的なデザイン。著者もシェーカー家具に魅せられ、その復元を試みる木工職人とのこと。シェーカー(「激しくシェイクする人々」の意)はそのダンスと独特の歌が有名だが、讃美歌21290番には、このシェーカー派の讃美歌が採用されている。

郭南燕『ザビエルの夢を紡ぐ 近代宣教師たちの日本語文学』(平凡社)自らが中国生まれで、日本に留学して日本語を学んだ著者が、この国に来日した宣教師たちの日本語による著作を取り上げる。ザビエルに始まり、明治初期に来日したヴィリオン神父、日本語の達人と言われたカンドウ神父、戦前上智大学の学長を務めたホイヴェルス神父、そして遠藤周作の『おバカさん』のモデルとされるネラン神父。この人たちの見事な日本語表現を読み直して、改めて宣教師たちの日本への愛情と献身を思い知らされた。著者はこの国のクリスチャンは1%にも満たないが、本当の仏教徒も1%に過ぎない事実を指摘している。

ドナルド・ウェストレイク『最高の悪運』(ハヤカワ文庫)怪盗ドートマンダー・シリーズの一冊。主人公がホテル王の豪邸に侵入して、逆に拳銃で脅され、嵌めていた変哲もない指輪を取り上げられ上で警察に突き出される。怒った主人公は、脱走して逆にホテル王を付け狙い、犯罪者の仲間を引き連れてラスベガスのホテルを襲う。一種のユーモア・ミステリーなのだが、何度も破産しているのに、弁護士を使って巧みに財産を保全して復活する悪徳ホテル王のモデルが、現在のアメリカ大統領だというので読み直した。ウェストレイクは私のお気に入りのミステリー作家で、他のシリーズを含めて翻訳されているものはほとんど目を通している。寝られない夜には絶好の暇つぶしになる。(戒能信生)