2017年11月19日日曜日

017年11月26日 午前10時30分
聖霊降臨節第26主日(収穫感謝合同)礼拝(No33
      司式 鈴木志津江  
    奏  黙 想        奏楽 釜坂由理子
招  詞  93-1-10
讃 美 歌  16 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編120・1~7 
讃 美 歌  109
子どもの祝福
聖書朗読  出エジプト記14・5-31
祈  祷
讃 美 歌  425
説  教  「海の奇跡」
  戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  367
使徒信条  (9341A
献  金                 茨木 啓子
報  告
頌  栄  29
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校 合同礼拝に合流
・礼拝後、お茶の会
・週報等発送作業
CS教師会

・らふぁえる練習

2017年11月18日土曜日

牧師の日記から(136)「最近読んだ本の紹介」
中島岳志『親鸞と日本主義』(新潮選書)『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞を受賞した若き政治思想研究者が、今度は親鸞思想と国学の近接を取り上げている。戦時下の親鸞主義者たちが軒並み天皇制に絡め取られていった経緯を、倉田百三、亀井勝一郎、吉川英治、三井甲之、箕田胸喜といった人々の内面に分け入って分析している。大正期の煩悶青年たちが、親鸞の絶対他力の信仰を媒介にして超国家主義に陥っていった思想的系譜が跡づけられている。特に真宗大谷派の戦時教学がどのように形成されたかについて、194121315日に行われた真宗教学懇談会の記録に注目し、暁烏敏、曽我量深、金子大栄といった親鸞主義者たちの果たした役割について紹介されている。実はこの人々が戦後の真宗教学の中核を担うことになるのだが、これまで真宗内ではその戦争責任の問題はほとんど取り上げられてこなかった。この課題は、戦時下の日本的キリスト教の主張と並行しており、その共通性と差異についても考えさせられた。
木村恵子『キーフさん ある少年の戦争と平和の物語』(近代文芸社)キャンプソング「幸せなら手をたたこう」の作者である木村利人さん(生命倫理学者、元・恵泉女子大学長)の少年時代の歩みを、恵子夫人が物語化した少年少女向けの読み物。NCAに寄贈されていたのを一読した。夫の少年時代を妻が書くというのも珍しいが、これも一つの子どもの戦争体験の証言ではある。
谷川俊太郎『ワッハワッハハイのぼうけん』(小学館文庫)詩人・谷川俊太郎の童話に、和田誠が挿絵を描いた童話集。サンテグジュペリの『星の王子さま』に、大人になると子どもに見えるものが見えなくなるとあったが、超人・谷川俊太郎はいつまでも子どもの魂を保持しているらしいことが分かる。
内田樹『街場の天皇論』(東洋経済新報社)天皇の生前退位の意向表明を内田樹がどのように観ているか関心をもって読んだ。著者は民主主義と象徴天皇制は両立し得るという立場を打ち出している。平成天皇は、象徴天皇の役割として「傷つき苦しむ国民を慰謝することと、敵も味方も含めて先の大戦の戦没者たちの霊を弔うこと」と理解し、それが高齢で担えなくなったので退位したいと宣言したのだという。私は、生前退位の表明は第二の「天皇の人間宣言」と受け止めているので、著者の論理を大筋で了解できる。しかし象徴天皇制が国家神道と再び結びつく危険性への歯止めをどのように設定するか懸念が残った。

鵜沼裕子『近代日本キリスト者との対話 その信の世界を探る』(聖学院大学出版会)日本キリスト教史研究の先輩である著者から寄贈を受けた。内村鑑三や新渡戸稲造、賀川豊彦、高倉徳太郎といった人々の信の世界を思想史的に分析した論文集で、私自身の勉強の領域と重なるところがあり、大いに参考になる。そのうちいくつかは、学会誌などで既に目を通していたが、改めて教えられることが多かった。特に「郷土会」をめぐる新渡戸稲造と柳田国男との交流については初めて知ることができた。(戒能信生)
017年11月19日 午前10時30分
聖霊降臨節第25主日礼拝(No32
      司式 荒井久美子  
    奏  黙 想        奏楽 内山 央絵
招  詞  93-1-10
讃 美 歌  16 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・169~176(タウ) 
讃 美 歌  449
聖書朗読  出エジプト記6・2-13
マタイ福音書7・7-12
祈  祷
讃 美 歌  517
説  教  「求めよ、さらば与えられん」
  戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  536
使徒信条  (9341A
献  金             石井 房恵
報  告
頌  栄  29
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校 お話し・橋本悠久子、奏楽・内山央絵

・礼拝後、オリーブの会「超未熟児医療の現場から」大森意索(軽食の用意あり)

2017年11月11日土曜日

牧師の日記から(135)「最近読んだ本の紹介」
本村凌二『地中海世界とローマ帝国』(講談社学術文庫)「興亡の世界史」シリーズの一冊で、古代ローマ帝国の歴史をコンパクトにまとめている。一般的な啓蒙書ではあるが、聖書学やキリスト教史の観点からは見えてこない周辺社会の政治や経済についての最近の研究状況を瞥見させてくれる。特に最後の部分でローマ帝国滅亡の原因についての様々な学説が紹介されていて興味深かった。21世紀の現在、第二次世界大戦後支配的とされてきた諸価値が相対化され、アメリカ中心の政治や経済が凋落し、次のステージがどのように展開されるのか見えない混迷の時代において、800年も続いたローマ帝国の衰亡の歴史から学ぶところは多いだろう。政治学者・丸山真男の「ローマ帝国の歴史には人類の経験のすべてが詰まっている」という言葉を想い出しながら読まされた。
長谷部泰男・石田勇治『ナチスの手口と緊急事態条項』(集英社新書)改憲論をめぐって、麻生副総理の「ナチスの手口を学んだらどうかね」という発言を逆手にとって、自民党憲法草案の「緊急事態法」がいかに「ナチスの手口」と似ているかを究明している。憲法論とドイツ近現代史の専門家による対談集。
半藤一利『歴史に何を学ぶのか』(ちくまプリマー新書)『日本の一番長い日』の著者が、自分自身の編集者としての歩みと歴史に学んできた本音を吐露している。これは司馬遼太郎も指摘していたことだが、日清・日露戦争の公式戦記は改竄され、軍にとって都合の悪い部分はすべて書き換えられていたそうだ。戦争の悲惨な実態が正確に後世に伝えられなかったというのだ。中でも興味深いのは、著者が唱える「40年史観」。40年が経過すると凄惨な戦争の記憶が薄れるという。陸軍でも海軍でも、日露戦争の実戦経験者の多くは日米開戦に消極的だったが、主戦論者たちは日清・日露戦争後の陸海軍の膨張期に立身した軍人たちだったという。第二次世界大戦後、既に70年が経過する現在、戦争の悲惨さを知る経験者に取って代わって、戦争の実態を知らない人々が政治をリードしている。旧約聖書の伝える「荒野の40年」との対比を考えさせられた。

河合雅司『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』(講談社現代新書)少子高齢化が進むこの国の将来に何が起こるかを具体的に想定して、その対処法を提示するという触れ込み。その処方箋有効性には疑問の点も多いが、数値で予測される危機の実態が興味深い。例えば2039年に火葬場が不足すると予測されているが、既に地域によっては現実化している。牧師としての経験からも、多摩地区では明らかに火葬場が不足していて、亡くなってから一週間後以降にしか葬儀ができなくなっている。また2018年には大学の倒産が予測されている。既にいくつかのキリスト教主義学校で学生の定員割れで経営危機が迫っていると聞いている。以前紹介した村上由美子の『武器としての人口減社会』では、人口減少をバネにして働き方を改革し、日本社会を活性化すればいいと論じられていたが、そんな楽観的な予測が甘いということを教えてくれる。(戒能信生)
017年11月12日 午前10時30分
聖霊降臨節第24主日礼拝(No31
      司式 荒井久美子  
    奏  黙 想        奏楽 内山 央絵
招  詞  93-1-10
讃 美 歌  16 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・161~168(シン) 
讃 美 歌  352
聖書朗読  詩編40・13-14、18
マタイ福音書7・1-6
祈  祷
讃 美 歌  393
説  教  「人を裁くな」
  戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  467
使徒信条  (9341A
献  金             荒井  眞
報  告
頌  栄  29
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校 お話し・野口洋子、奏楽・内山央絵
・礼拝後、お茶の会、

・婦人会例会(聖書研究 マタイ福音書2020-28

2017年11月3日金曜日

牧師の日記から(134)「最近読んだ本の紹介」
カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』(早川文庫)今年のノーベル文学賞受賞者の最近作。なんとアーサー王伝説を下敷きにファンタジー仕立てで、年老いた夫婦の旅路を物語る。普通ファンタジーと言えば、子どもか若者が主人公だが、本作では死出の旅に旅立つ老夫婦が主人公なのだ。そこに既に含意がある。さらにブリトン人とサクソン人の民族対立を背景に、血で血を洗う抗争の記憶を忘却すべきか、それとも記憶を取り戻して報復するかをテーマとしている。それは、日本生まれの少年を寛容に受け容れて来たイギリス社会への著者なりのメッセージを含むのだろう。しかし私にとって印象的だったのは、記憶をめぐるテーマだった。竜が吐く霧によって人々は記憶を喪失している中で、その竜を退治して記憶を取り戻そうとするのがメイン・ストーリーなのだ。しかし記憶の回復は、当然のことながら悪夢のような事実を想い出すことでもある。「許そう、しかし忘れない」は、日本の戦争責任についてアジアの人々から突きつけられた言葉だった。しかし忘れないということは、決して許していないということだという主張もある。過剰に情報が溢れる中で、いつしかある種の健忘症に陥っているこの国の現実を連想させられた。
久米宏『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』(世界文化社)1980年代の後半から2000年代の初めにかけて、つまり私の40歳から50歳代の頃、夜10時から放送されるニュースステーションをほとんど毎晩のように観ていたと思う。その番組のキャスターを18年に渡って務めた著者が回顧する内幕物。見せる(魅せる)ニュース番組として、セットの造りから衣装、ニュースを読む速度や声質、さらにその高低にまで気を配り工夫したという。テレビを観ていたこちら側の当時の記憶が甦ってくるようだった。
ブライアン・フリーマントル『クラウド・テロリスト 上下』(新潮文庫)『消されかけた男』以来、独特のスパイ小説を書き続けてきた著者が、今度はアラブ・ゲリラによるテロをサイバー戦によって未然に防ぐというテーマを取り上げて いる。古典的な諜報員による情報活動ではなく、今やサイバー空間が情報収集活動の最先端になっているというのだ(国家安全保障局をめぐるスノーデン事件を!)。しかしかなり高齢のはずの著者がITの最前線を取り上げるその意欲には感心させられた。敵組織よりもむしろ味方同士のセクショナリズムや対立を書き込むというお得意の展開で、結末のどんでん返しも相変わらずの冴えを見せる。

竹森哲郎『黄昏の全共闘世代 その残滓が、今』(文芸社)1970年代の全共闘時代、慶応で学生新聞の編集長であった著者の断片的な回想と、70歳になろうとする現在の生活を行きつ戻りつしながら、全共闘世代が今何を思うかを率直に綴っている。90歳を超える母親の介護に気を配りつつ、趣味の競馬への想いを語る不思議なテイストのエッセー集。教会員の竹森靜子さんの息子さんが書いた書き下ろしで、同世代の私はある種の共感を抱きながら読まされた。(戒能信生)
017年11月5日 午前10時30分
聖霊降臨節第23主日・永眠者記念礼拝(No30
      司式 荒井  眞
    奏  黙 想        奏楽 釜坂由里子
招  詞  93-1-4
讃 美 歌  16 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・153~160(レシュ) 
讃 美 歌  521
聖書朗読  サムエル記下12・15b-23
祈  祷
讃 美 歌  575
永眠者氏名朗読
説  教  「地面から起き上がり」
  戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  384
使徒信条  (9341A
献  金  特別対外献金(北支区ワン・ドロップ献金を覚えて)   荒井久美子
報  告
頌  栄  29
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】

・教会学校 お話し・戒能牧師、奏楽・戒能直子