牧師の日記から(522)「最近読んだ本の紹介」
茨木のり子『歳月』(岩波現代文庫)詩人茨木のり子の逝去後、残された遺稿から出版された最後の詩集。これまでも部分的に紹介されてきたが、岩波書店から文庫本として刊行されたので、改めて全篇読み直した。驚いたことに、この詩集に収録されている40篇近い詩のほとんどすべてが、先に亡くなった夫・三浦安信に対する恋歌なのだ。しかも夫が亡くなってから詠まれているのだ。男が女に惹かれることについては、自分の経験上ある程度まで理解できるのだが、女性が男性を好きになる心情がどうしても判らないで来た。しかしこの詩集によって、詩人がいかに深く、広く、高く、全面的に夫を愛していたかを読み取ることが出来る。そうか。妻は夫を、あるいは女性は男性を、このように愛することができるのか。新鮮な感動!
例えば「占領」という詩。
「占領 姿がかき消えたら/それで終り ピリオド!/と人々は思っているらしい/ああおかしい なんという鈍さ/みんなには見えないらしいのです/わたくしのかたわらに あなたがいて/前よりも 烈しく/占領されてしまっているのが」
例えば「電報」という短い詩。
「電報 オイシイモノヲ サシアゲタシ/貴公ノ好物ハ ヨクヨク知リタレバ/ネクタイヲ エランデサシアゲタシ/ハルナツアキフユ ソレゾレニ/モットモット看病シテサシアゲタシ/カラダノ弱点アルガゴトクアラワニ見ユ/姿ナキイマモ/イマニイタルモ」
例えば「パンツ一枚で」という詩。
「パンツ一枚で/うろうろしてたって/品のある人はいるもので/暮らしを共にした果てに/相棒にそう思わせるのは/至難のわざでありましょうに/らくらくとあなたはそれをやってのけた/肩ひじ張らず ごく自然に/ふさわしい者でありたいと/おもいつづけてきましたが/追いつけぬままに逝かれてしまって/たったひとつの慰めは/あなたの生きて在る時に/その値打ちを私がすでに知っていたということです」
(戒能信生)
0 件のコメント:
コメントを投稿