2023年8月28日月曜日

 

2023年9月3日 午前10時30分

聖霊降臨節第15主日礼拝(No20

             司式 石井 寛治

前  奏  黙想     奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-50

讃 美 歌  6

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編97・1-12

讃 美 歌  398

聖書朗読  詩編97・1-12

ルカ福音書20・27-40

祈  祷

讃 美 歌  330

説  教  「復活についての論争」

戒能 信生牧師

讃 美 歌  450

使徒信条  (9341A

献  金              西川 穂

報  告

頌  栄  87

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

教会学校 お話し・西川穂、奏楽・戒能直子

・礼拝後、定例長老会

週報等発送作業

・ライブ配信担当・西川 穂

礼拝堂の後ろに飲み物を用意してあります。水分補給にご利用ください。

 

2023年8月26日土曜日

 

牧師の日記から(432)「最近読んだ本の紹介」

キリスト者遺族の会編『石は叫ぶ 靖国反対から始まった平和運動の50年』(刀水書房)編纂者の一人吉馴明子さんから送られてきて一読した。1960年代後半から始まった反ヤスクニ運動の中核に、「キリスト者遺族の会」の存在があった。最初の代表は小川武満牧師で、私も何度かその集会に参加したことがある。靖国国営化法案が当時1400万人に及ぶ遺族会の圧力を背景に自民党から国会に提出された時、キリスト者の遺族たちが立ち上がって反対を叫んだ。初期の小さなデモには「戦争は父を奪った 靖国神社国家護持は私の心を奪う!」と記されていたという。キリスト者遺族の会は、政治勢力としてはまことに小さな存在だったが、靖国神社国営化法案を結局は廃案に追い込んだのだった。そのキリスト者遺族たちも次々に高齢化して亡くなっていき、先頃その使命を終えて解散し、その50年の記録をこのような形にまとめてくれたのだ。これは、この国のキリスト者の偉大な抵抗の記録でもある。何しろ圧倒的な政治勢力に抗して、少数のキリスト者の抵抗がそれを食い止めたのだから。

南原繁研究会編『日本の近現代史における南原繁』(横濱大気堂)昨年11月に行なわれた南原繁シンポジウムの記録を、編者の一人山口周三さんが送ってくれた。特に、保坂正康さんと加藤陽子さんの講演を興味深く読んだ。ノンフィクション作家の保坂さんは、アカデミズムとは異なるジャーナリストの視点から論じている。南原の歌集『形相』を手掛かりに、折々に詠まれた和歌に南原の抵抗の在り様を読み解いている。例えば、昭和16128日の南原の歌「民衆は運命共同体といふ学説身にしみてわれら諾(うべな)はむか」という反語に、南原の姿勢が現れていると指摘していて考えさせられた。加藤さんは、南原の終戦工作の経緯を紹介し、それは昭和天皇にも了解されていたのに、その後、道義的責任(政治的・法的責任ではない)を負って退位すべきとする南原の退位論は受け容れられなかった。そこに神権天皇制の帝王学を受けて育った昭和天皇の問題を観ている。いずれも戦争責任の問題を根本から問う論考で、大いに学ばされた。

山下清海『日本人が知らない戦争の話 アジアが語る戦場の記憶』(ちくま新書)太平洋戦争時のアジア各地の実情、特にシンガポールやマレー半島における日本軍の侵攻と、住民虐殺の実態について知ることができる。以前仕えていた教会でシンガポールに駐在していた方の話を聞いたことがあるが、その全体像を教えられた。現在でも現地の小中学校では、住民虐殺の事実が教科書に記載され、繰り返し教えられているという。しかしこの国の学校教育では、アメリカ軍に破れた戦争のことは教えられても、アジア各地の市民たちがこれほど犠牲になっている事実にはほとんど触れられない。その非対称こそが、問題とされねばならない。

(戒能信生)

 

2023年8月27日 午前10時30分

聖霊降臨節第14主日礼拝(No19

             司式 高岸 泰子

前  奏  黙想     奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-53

讃 美 歌  4

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編96・1-13

讃 美 歌  220

聖書朗読  出エジプト記23・10-13

ルカ福音書20・20-26

祈  祷

讃 美 歌  531

説  教  「税金論争」

戒能 信生牧師

讃 美 歌  560

使徒信条  (9341A

献  金             梅本 順子

報  告

頌  栄  29

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

教会学校(休校)

・礼拝後、入門の会「使徒信条⑩」戒能牧師

週報等発送作業

・ライブ配信担当・荒井 眞

礼拝堂の後ろに飲み物を用意してあります。水分補給にご利用ください。

・らふぁえる練習

2023年8月19日土曜日

 

牧師の日記から(431)「最近読んだ本の紹介」

上田光正『カール・バルト入門』(日本キリスト教団出版局)バルト神学の入門書として執筆したという。著者から贈呈されたので目を通したが、驚いたことに、第一次大戦に呼応するハルナックを初めとする神学者たちに対するバルトの決定的な批判と対峙についてどこにも触れられていない。さらにナチス政権下のドイツ教会闘争や、「バルメン宣言」を通してのバルトの神学的寄与についてもひと言も触れられない。すなわち神学者バルトが実際に何をしたか、時代の中でどのように生きたかを全く取り上げず、ただその神学理解のエッセンスと『教会教義学』の構造だけを整理してまとめている。これはこれで一つの立場なのだろうが、まさしく「状況捨象の神学」と批判されてもしょうがないだろう。しかしバルト神学がこのような仕方で読まれてきたことも事実。そこにこの国の神学的課題があるとも考えさせられた。ただ著者が、隠退後もこのような仕事を続けていること自体には敬服する。

小野寺拓也・田野大輔『ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波ブックレット)歴史相対主義の流れに沿って、Internetなどでナチスを再評価する動向が見られるという。本書は、それを歴史学の立場から徹底して批判する。すなわち、ナチス政権下で奇跡的な経済復興が実現された、高速道路アウトバーンを建設した、先進的な環境保護政策を実施したといった様々な言説を一つ一つ丁寧につぶしていく。煙草追放のキャンペーンや動物愛護のポスターも例として取り上げられている。そのような一見「よいこと」の裏で、ユダヤ人絶滅計画や障碍者の安楽死が推し進められていたのだ。これは、現在の世界の動向と無縁ではない。私たちが歴史から学ぶということの意味を改めて考えさせられた。

内田宗治『関東大震災と鉄道』(ちくま文庫)関東大震災100年を覚えて、震災関係の様々な書物が刊行されている。これもその一つ。鉄道を中心に震災の被害がどれほど大きかったかをつぶさに伝えてくれる。さすがに国鉄だけあって、当時の駅舎や線路の被害状況が克明に写真記録として残されていることに驚く。最も直接的な被害が大きかったのは、東海道線根府川駅の大惨事で、たまたま通過していた東京駅発真鶴行きの普通列車が、激震による「山津波」で、列車ごと、駅舎も線路も海へ転落したのだ。370名余の乗客のうち奇跡的に生存したのは31名とされる。その他、横須賀線や総武線、常磐線などで地震の発生時に走行中だった125本の列車の被害状況が詳細に紹介される。東京駅や上野駅の震災時の状況、直後の火災による被害、その他、線路や橋梁、トンネル、駅舎などの被害も、写真付きで掲載されている。震災後の避難列車がしばらく無賃で運行された事実や、その後の復旧の様子も。改めて次の関東大震災の時、さらに複雑化した首都圏の鉄道にどれほどの被害が出るかを予想させるに十分ではある。(戒能信生)

2023年8月14日月曜日

 

2023年8月20日 午前10時30分

聖霊降臨節第13主日礼拝(No18

             司式 釜坂由理子

前  奏  黙想     奏楽 梅本 順子

招  詞  93-1-53

讃 美 歌  4

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編95・1-11

讃 美 歌  218

聖書朗読  アモス書5・18-24

ルカ福音書20・9-19

祈  祷

讃 美 歌  527

説  教  「ぶどう園と農夫の譬」

戒能 信生牧師

讃 美 歌  558

使徒信条  (9341A

献  金              荒井 眞

報  告

頌  栄  29

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

教会学校(休校)

・礼拝後、オリーブの会「賀川豊彦がアメリカで学んだこと」橋本茂(軽食の用意あり)

・ライブ配信担当・荒井 眞

礼拝堂の後ろに飲み物を用意してあります。水分補給にご利用ください。

2023年8月12日土曜日

 

牧師の日記から(430)「最近読んだ本の紹介」

柄谷行人『力と交換様式』(岩波書店)独特の交換様式で世界史の構造を読み解いてきた著者が、国家や資本の支配を止揚する交換様式D=Xの世界のイメージを提起した決定版。「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」(ルカ福音書172021)というイエスの言葉を手掛かりに、「Dは、人為的に考えて実現できる類のものではない。宗教的な響きになってしまうが、それはこちらからではなく、向こうからやって来るというほかはない」とする。アウグスティヌスの『神の国』を引用して、「彼にとって神の国は、人間の手によって実現されるようなものではない。それは、人間が望もうと望むまいと、恩寵として『向こうから来る』ほかないものである」とDのイメージを描く。「今後に戦争と恐慌、つまり国家と資本が必然的にもたらす危機が幾度も生じるだろう。しかし、それゆえにこそ、Aの高次元での回復としてのDが必ず到来する」と最後に締め括っているが、この預言通りに、政治学者のだれもが予測しなかったウクライナ戦争が2022年に始まっている。柄谷の議論は、きわめて宗教的で神学的な洞察ですらある。

坂田寛夫『土の器』(文春文庫)読書会「キリスト教と文学」の課題図書に指定されたので、久しぶりに読み返した。『土の器』は、著者の母上の晩年と最期について書かれた一種の私小説だが、この文庫本に収録されている父上・素夫の生涯を取り上げた『音楽入門』や、叔父・大中寅二を描いた『足踏みオルガン』と共に、この国のキリスト教受容の一つの典型を紹介してくれる。ハイカラで西洋音楽に親しむクリスチャン家族の姿が興味深い。私はこの国にキリスト教がどのように受容されてきたかを、主に牧師や神学者の生涯を通して取り上げてきたが、そこに信徒の視点が欠けていたことを改めて反省させられた。そこでは、キリスト教は開明的な西洋文明の一環として受容され、一種の選良意識に基づいてこの国特有の伝統や習俗、保守的な価値観に果敢に対峙していった様子が窺える。しかし第一世代の信仰者の息子や娘たちは、両親の信仰を尊敬しながらも、それを批判的に相対化していることも読み取れる。

君島洋三郎『荒れ野にて 現場からの雑記ノート』(自費出版)長く教団の世界宣教担当幹事を担い、その後農村伝道神学校の校長を担った君島洋三郎牧師が、隠退を機に、現役の時代の論稿をまとめて出版して送ってくれた。特に世界宣教担当幹事として、南米の各地にある日系人教会、南アフリカ、あるいは南インドの教会、そして何より台湾の教会を訪ね歩いた貴重な報告が再録されており、世界の教会とのエキュメニカルな交流の重要さを教えてくれる。巻末の「ジョン・バチラーのアイヌ理解と伝道」は、アイヌをアイヌとして愛し抜いたイギリス人宣教師の生涯を、批判的に、しかし暖かく描いているのが印象的。(戒能信生)

2023年8月6日日曜日

 

2023年8月13日 午前10時30分

聖霊降臨節第12主日礼拝(No17

             司式 橋本  茂

前  奏  黙想     奏楽 内山 央絵

招  詞  93-1-53

讃 美 歌  4

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編94・1-23

讃 美 歌  214

聖書朗読  エゼキエル書12・21-28

ルカ福音書20・1-

祈  祷

讃 美 歌  528

説  教  「権威論争」

戒能 信生牧師

讃 美 歌  549

使徒信条  (9341A

献  金              石井寛治

報  告

頌  栄  29

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

教会学校(休校)

「私の愛唱讃美歌」石井寛治

・ライブ配信担当・荒井久美子

礼拝堂の後ろに飲み物を用意してあります。水分補給にご利用ください。

2023年8月5日土曜日

 

牧師の日記から(429)「最近読んだ本の紹介」

柄谷行人『世界史の構造』(岩波書店)『トランスクリティーク』で提示した交換様式による社会構造の把握を、さらに世界史の構造にまで拡大して展開する。中でも旧約聖書を取り上げて普遍宗教の成立を論じた部分が圧巻。ユダ王国がバビロニア帝国によって滅ぼされとき、捕囚の民は神を廃棄せず、神の裁きとして受け容れた。すなわち神と民との互酬関係を越えたところに普遍宗教が成立し、その経験からイスラエルの全歴史を再解釈する旧約聖書の信仰理解が生れたとする。ウェーバーの『古代ユダヤ教』と、フロイトの『モーセと一神教』を大胆に読み換えて、柄谷の交換様式に統合する。この普遍宗教はイエスによって引き継がれ、キリスト教として成立するが、ローマ帝国の国教化によって変質してしまう。しかし「普遍宗教は、普遍性と特殊性の矛盾を絶えず意識しつつあることによって普遍的であり得る」とする柄谷は、交換様式Dの世界の可能性、すなわち国家と資本の支配を揚棄する普遍宗教のイメージをXとして提示する。終章で、カントの「世界共和国」の理想を、現在の国連に当てはめて抜本的改革を提起している。国家や資本の支配は執拗に続くが、既にWHO(世界保健機構)のようにそれを越える可能性を国連は秘めているとする。柄谷の思想展開は、現実政治の向こう側への希望を放棄しない。アメリカやドイツの神学者たちが柄谷の交換様式論に関心を示しているのに対して、この国の神学者がこの柄谷行人の議論に応答しないのは情けないと言う他はない。

ローラン・ビネ『プラハ、1942年』(創元社推理文庫)ナチス政権の時代に、侵攻したチェコに総督として赴任したナチ高官ラインハルト・ハイドリヒが、亡命政権から派遣された二人の若者によって暗殺される。ヒトラーはパルチザンとプラハ市民に対して残虐な報復をする。この歴史的事件に関わる断片的な資料を収集し、それを歴史小説仕立てにした作品。ハイドリヒが、親衛隊保安部長としてヒトラー暗殺計画に加わる国防軍諜報部とライバル関係にあり、雨宮栄一先生の『反ナチ抵抗運動とモルトケ伯』にも登場するので関心をもって読んだ。

高橋沙奈美『迷えるウクライナ 宗教をめぐるロシアとのもう一つの戦い』(扶桑社新書)ウクライナ戦争が始まって、俄かにロシア正教とプーチン政権との癒着が注目されている。一方でウクライナ正教は、プーチンを支持するロシア正教に距離を取り、対立と緊張が続いている。ロシア正教についての研究者である著者が、その複雑な歴史を解説してくれる。東方教会は、歴史的に国家と強固に結びついてきたが、それは同時にナショナリズムと宗教との密接な関りを前提としている。それがウクライナ戦争では真っ二つに破断してしまった。正教会のこれからの歩みはどうなるのかという深刻な問いが提示されている。(戒能信生)