2017年8月20日日曜日

2017年8月27日 午前10時30分
聖霊降臨節第13主日礼拝(No20
     司式 常盤 陽子
    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子
招  詞  93-1-
讃 美 歌  20 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・73~80(ヨド)
讃 美 歌  562
聖書朗読  出エジプト記4・10-17
祈  祷
讃 美 歌  186
説  教  「この口の重い者にも」
戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  152
使徒信条  (9341A
献  金            高岸 泰子
報  告
頌  栄  90
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校(夏休み)
・礼拝後、お茶の会
・週報等発送作業

ⅭS教師会

2017年8月18日金曜日

牧師の日記から(123)「最近読んだ本の紹介」
 赤江達也『矢内原忠雄 戦争と知識人の使命』(岩波新書)著者はまだ若い研究者で、数年前『紙上の教会と日本近代』で、内村鑑三と無教会運動について社会学の手法で分析し注目された。その著者が、今度は矢内原忠雄の生涯と思想を、比較的分かりやすく紹介している。矢内原が昭和12年末の段階で東京大学を追われ、戦時下において公職に就かず、戦時体制に一貫して抵抗した事実は知られているが、その信仰と思想の解明は容易ではない。この新書でも矢内原の国家論や天皇観などの問題点や矛盾が十分に解明されているとは言えない。つまり、矢内原忠雄においてさえ一貫した反戦思想を抽出することは困難なのだ。戦後、矢内原の戦時下抵抗について、彼が植民地研究の専門家であり、その実態をよく知っていたからだという言説があった。それに対して矢内原自身は「東京大学には政治や経済の専門家がたくさんいたが、その多くは事柄の本質を見抜けなかった。しかし自分には聖書があった。聖書だけを頼りに、あの戦争に反対できたのだ」と語ったという。案外このあたりがことの真相を語っているのかもしれない。
 澁谷由里『馬賊の満州 張作霖と近代中国』(講談社学術文庫)これはまた思いもかけない視点からの近代中国史、および満州史の試み。従来、馬賊の頭目とか、日本の傀儡としか認識されてこなかった張作霖に焦点を合わせ、特にその側近の行政官・王永江の存在に注目して、これまでの通説を覆そうとしている。いわば張作霖の視点から辛亥革命から日本の満州支配までの実態を検証している。
 窪薗晴夫編『オノマトペの鍵 ピカチュウからモフモフまで』(岩波科学ライブラリー)日本語特有の擬声語、擬態語について、言語学者たちが分かりやすく論じている。その序でも紹介されているが、英語ではcryweepなどの動詞で「泣く」ことを表わすのに対して、日本語では「シクシク泣く」「メソメソ泣く」「オイオイ泣く」などと擬声語の副詞で表現する場合が多い。それは俳句や童謡にも頻出する。このオノマトペについて、その歴史や幼児語との関連、他言語との比較、最近のアニメーションなどに至るまで多角的に論じた啓蒙書。
吉田裕他編『平成の天皇制とは何か 個人と制度のはざまで』(岩波書店)昨年8月の天皇の生前退位の意向表明以降、ようやく象徴天皇制をめぐる議論が様々に論じられるようになった。本書は、現天皇に焦点を合わせて、平成流象徴天皇制の動向を、その折々の「お言葉」や、公的行事、特に被災地見舞い、海外の激戦地への「慰霊の旅」などについて、メディアの報道の仕方も含めて詳細に分析している。従来キリスト教会では、戦前の神権天皇制の復活を懸念し、ヤスクニ問題への取り組みなどを通して、絶対主義天皇制への批判、疑念を公けにしてきた。しかし象徴天皇制そのものについてきちんと神学的な議論をしてこなかったのではないか。この難題について私も小さな論文を準備中で、その参考にすべく読んだ。しかし本書の執筆者たちも、いわば及び腰のような論述の仕方が気になった。つくづく天皇制についての議論は難しい。(戒能信生)

2017年8月13日日曜日

2017年8月20日 午前10時30分
聖霊降臨節第12主日礼拝(No19
     司式 荒井久美子
    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子
招  詞  93-1-
讃 美 歌  20 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・65~72(テト)
讃 美 歌  436
聖書朗読  イザヤ書5・5-6
      ロマ書11・11-27
祈  祷
讃 美 歌  142
信徒講壇  「聖書とユダヤ人と私」
高岸 泰子
祈  祷
讃 美 歌  475
使徒信条  (9341A
献  金            鈴木志津恵
報  告
頌  栄  90
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校(夏休み)

・礼拝後、お茶の会

2017年8月12日土曜日

牧師の日記から(122)「最近読んだ本の紹介」
 石垣りん『ユーモアの鎖国』(ちくま文庫)茨木のり子さんの『詩のこころを読む』でこの詩人を知った。小学校卒業後、家庭の事情で戦前の日本興業銀行に勤務し、生涯独身で停年まで勤めたこの女性詩人の生活とたたずまいが淡々と書かれている。女性として、勤め人として、そして詩人として戦後の日本社会への凝視から紡ぎだされたその硬質な詩には、独特の光彩があるように思う。
谷川俊太郎編『まど・みちお詩集』(岩波文庫)まどさんの詩は、全詩集も、井坂洋子編も持っているが、谷川俊太郎の編集と解説でどのように編纂されているのか興味があって手にした。私は現代詩をほとんど読まないが、まどみちおの詩だけは繰り返し読んで来た。教会学校での子どもたちへのお話しの中でも何度も引用して来た。なにより分りやすいし、その一種の創造論信仰が素直に歌われていることに感動する。敢えて言えば、贖罪信仰一本槍の信仰ではない創造神に対する感謝と謙虚さが、多くの人々、そして子どもたちを惹きつけるのだろう。
黒川知文『ロシア・キリスト教史』(教文館)ロシア正教会のことはいつも気になっていた。明治前半期に日本に派遣された宣教司祭ニコライの生涯にも関心があって、その『日記』を拾い読みしたし、谷中墓地のニコライの墓を訪ねたこともある。ニコライ堂を訪問し、北原神父から正教会の歴史について伺ったことも印象に残っている。そのロシア正教会の歴史を本書は概説してくれる。東方教会からスラブに伝播し、「タタールの軛」を経てロシア帝国下で独自の発展をした歩み、特に数々の分離派の動向やイコン信仰、そしてヘシカスムという神秘主義にも興味を惹かれる。ロシア革命以降の共産主義政権下での受難の歴史、ペレストレイカを経て、現在の正教会の現状まで、錯綜したその歴史を読んで、複雑な読後感だった。ヨーロッパにおける教会と国家の関係とは全く異なる課題がそこに提起されている。友人の宗教ジャーナリストから聞いたのだが、ロシア正教では、司祭の妻帯が許されている。但し、幹部にはなれず、シベリアなどの地方の困難な地域に赴任するのだという。ところが、中央の幹部が政権と癒着して堕落するのに対し、地方の妻帯司祭の子息の中から、常に改革派が生まれるのだという。一筋縄では括れない正教会の歴史を垣間見る思いだった。

呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』(中公新書)織田信長以降の戦国時代については、テレビ・ドラマや小説でたびたび取り上げられるので、その興亡の全体像は知られている。しかしその直前の室町期についてはほとんど知られていない。応仁の乱によって守護大名が各地に分散・勃興し、それが戦国時代につながって行くのだが、室町期と応仁の乱について、最近の研究動向も踏まえて概説してくれる。初めて名前を聞く貴族や武将、そして僧侶たちの名前が次々に出て来て、かなり忍耐をもって読まなければ読み通せない。よくこんな本がベストセラーになったと思う。ただ、大きな物語が終わった後の崩壊過程と混迷が、どこか現在と通底するところがあるのかもしれない。(戒能信生)
2017年8月13日 午前10時30分
聖霊降臨節第11主日礼拝(No18
     司式 荒井  眞
    奏  黙 想       奏楽 内山 央絵
招  詞  93-1-
讃 美 歌  20 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・57~64(ヘト)
讃 美 歌  288
聖書朗読  ヨナ書3・1-5
      マタイ福音書5・43-48
祈  祷
讃 美 歌  464
説  教  「敵を愛しなさい」
戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  394
使徒信条  (9341A
献  金            鈴木基三恵
報  告
頌  栄  90
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校(夏休み)
・礼拝後、お茶の会


2017年8月6日日曜日

牧師の日記から(121)「最近読んだ本の紹介」
 桐野夏生『夜の谷を行く』(文芸春秋)時折新聞などで、私と同世代の党派の幹部が公安事件で逮捕されたというニュースを目にする。彼・彼女たちは50年前、1960年代後半に活動を始め、党派の専従として地下生活を送り、現在70歳前後になっている。私自身は党派とは関係を持たなかったが、ある意味では彼らと同じ時代の空気を吸っている。彼・彼女たちがあの時代からずっと地下活動を続けて来たのかと想像すると、ある種複雑な想いに駆られる。同じことが、連合赤軍事件についても言える。この間、あの事件について様々な書物が書かれて来たが、大塚英志の『彼女たちの連合赤軍』を例外として、ほとんど目を通すことはなかった。いや、むしろ読み通せなかったと言える。そもそも全共闘運動についての小説や評論を読んでも、実際にその渦中にいた者の実感とはどこかで違うという違和感が先立ってしまうのだ。作家・桐野夏生があの事件の50年後を描いたこの小説を、途中何度も中断しながら読んだ。連赤事件を生き延び、長い獄中生活を経て、今老後を迎えている人々の現在が描かれていて、胸をつかれる。あの事件の惨劇を、50年後から振り返る辛さに同伴する想いで読まされた。ただ最後の一種の救済は、やはり小説的な仮構だと感じざるを得なかったが。
ウィロー・ウィルソン『無限の書』(創元海外SF叢書)情報管理が徹底したアラブの独裁国家で、主人公の若者がITを武器に「アラブの春」への道を拓くという冒険小説。2013年度の世界幻想文学大賞受賞作で、一言で言えばサイバーパンクとアラビアンナイトの世界を融合したようなSFファンタジー。しかし主人公が、アラブの王族とインド人の第4夫人との間に生まれた青年で、その出生ゆえに未来が閉ざされているのを、ハッカーとしての能力をもとに波乱万丈の活躍をしていく。いかにもファンタジーの現代的展開として興味深く読んだ。
マイクル・コナリー『ブラックボックス』(講談社文庫)ロス市警のハリー・ボッシュ刑事を主人公とするシリーズの最新作。このシリーズを読み始めてもう20年近くになるだろう。私の愛読して来た海外ミステリー作家が次々と亡くなって行く中で、今も現役でシリーズを書き続けている数少ない作品。警察組織の軋轢の中で、個人主義者の主人公が、独力で難事件を解決していくといういつものストーリーだが、やはり安心して楽しんで読める。
R・D・ウィングフィールド『フロスト始末』(創元社推理文庫)これも愛読して来た刑事物ミステリーのシリーズだが、数年前著者は亡くなり、これが遺作だという。イギリスの地方都市デントンの警察で、到底名刑事とは言えない、品性下劣で素行の悪い主人公が、官僚組織の中で度重なる失敗や不遇にもめげず、最後には難事件を解決するというこれもお決まりのストーリー。そのダメ刑事ぶりが、凡百のミステリーの中で出色なのだ。しかしこのシリーズがもう読めないと思うと、なんだか寂しい。これも年を取るということなのだろう。(戒能信生)


2017年7月30日日曜日

2017年8月6日 午前10時30分
聖霊降臨節第10主日合同礼拝(No17
     司式 橋本  茂
    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子
招  詞  93-1-
讃 美 歌  20 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・49~56(ヘト)
子どもの祝福
讃 美 歌  372
聖書朗読  ホセア書6・1-6
      マタイ福音書5・38-42
祈  祷
讃 美 歌  414
説  教  「復讐してはならない」
戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  418
使徒信条  (9341A
聖 餐 式  配餐 荒井 眞、荒井久美子
讃 美 歌  78
献  金  対外献金「山谷兄弟の家の働きを覚えて」      柴田 哲子
報  告
頌  栄  90
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校(夏休み)
・礼拝後、お茶の会

・定例長老会

2017年7月23日日曜日

2017年7月30日 午前10時30分
聖霊降臨節第9主日礼拝(No16
     司式 鈴木志津恵
    奏  黙 想       奏楽 向山 康子
招  詞  93-1-1
讃 美 歌  19 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・41~48(ワウ)
讃 美 歌  157
聖書朗読  出エジプト記3・13-15
祈  祷
讃 美 歌  541
説  教  「我は有りて在るもの」
戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  465
使徒信条  (9341A
献  金            戒能 直子
報  告
頌  栄  92
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校(夏休み)
・礼拝後、お茶の会
・週報発送作業

・CS教師会

2017年7月22日土曜日

牧師の日記から(119)「最近読んだ本の紹介」
 ジェラード・ラッセル『失われた宗教を生きる人々 中東の秘境を求めて』(亜紀書房)「父の日」のプレゼントに長男の嘉信が送って来た。奇妙な書物を見つけると、自分では読まないくせに父親には読ませようという気になるらしく、時々こういうことがある。イギリスの外交官で中東の専門家である著者が、現在のアラブ社会に生きる宗教的マイノリティーたちの現在を追ったドキュメント。マンダ教、ヤズィード教、ゾロアスター教、ドゥールズ派、サマリア人、コプト教、カラーシャ教の教徒たちの現在を紹介している。歴史の中に消滅したと思われていたこれらの教徒たちが現在でも生き延びて、その宗教的伝統と民族的自覚を今なお保持し続けていることに驚く。例えば、サマリア人は紀元前7世紀アッシリア帝国によって滅ぼされた北王国イスラエルの末裔で、福音書に「良きサマリア人」として登場する。そのサマリア人たちが、現在も残存しているというのだ。但しこれらの教徒たちは、この間のイラク戦争やISの勃興等で、居住する地を追われ、多くが難民となってEUやアメリカに逃れて来ているという。
ジェイムズ・ウィンブラント『歯痛の文化史 古代エジプトからハリウッドまで』(朝日新聞社)これも娘の羊子からのプレゼント。歯痛や歯周病のメカニズムが医学的に解明される以前の社会では、虫歯には悪魔が宿っているとされ、呪術的治療がまかり通っていたという。その迷妄の歴史を、古代エジプトから現在まで資料によって辿る。「歯痛は人を哲学的にさせる」と言ったのはキルケゴールだったと思うが、読んでいてなんだか鬱的気分になった。そう言えば、旧約聖書には虫歯についての記述はほとんどない。唯一の例外が箴言2519で「悪い歯、よろめく足、苦難の襲うとき、欺く者を頼りにすること」という一文があるだけ。但しこれは、老齢になって足腰が弱り、歯が抜け落ちるという状態を表現したものだろう。つまり古代や中世では、砂糖を口にするのはごく一部の富裕層に限られていたので、一般庶民には虫歯はほとんど見られなかったらしい。福音書においてもイエスの奇跡の癒しの中に、虫歯や歯痛は含まれていない。この国では、内村鑑三が歯痛の苦しみを歯科医に癒され、感謝する書「Dentistry is a work of Love」が軽井沢の星野温泉に残っているという。

松本宣郎『ガリラヤからローマへ 地中海世界をかえたキリスト教』(講談社学術文庫)著書の名前は聞いていたが、著書を読むのは初めて。24世紀の地中海世界でキリスト教がどのような位置にあったかを概観してくれる。新約聖書後の時代なので、直接的な資料はなく、ローマ社会の反キリスト教文書と、それに対抗して書かれた教父たちの弁明等を読み解きながら、帝国内にキリスト教がどのように受け容れられて行ったかを追っている。最近の研究成果にも目を配り、初めて知ることも多かったが、しかしどうも面白くない。結論が常識的で当たり障りのないところを押さえているという印象を否めない。キリスト教思想と地中海世界の価値観の衝突をさらに突っ込んで書き込んで欲しかった。(戒能信生)

2017年7月16日日曜日

2017年7月23日 午前10時30分
聖霊降臨節第8主日礼拝(No16
     司式 石井 房恵
    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子
招  詞  93-1-1
讃 美 歌  19 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・33~40(へー)
讃 美 歌  141
聖書朗読  エレミヤ書7・1-11
マタイ福音書5・33-37
祈  祷
讃 美 歌  402
説  教  「偽り誓うな」
戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  469
使徒信条  (9341A
献  金             大森意索
報  告
頌  栄  92
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校礼拝 お話し・大森意索、奏楽・戒能直子
・礼拝後、お茶の会
・らふぁえる練習(1:304:30


2017年7月15日土曜日

牧師の日記から(118
 79日(日)主日礼拝。マタイ福音書52126の講解説教「兄弟への和解の勧め」。律法の条項を取り上げて対立命題として展開される独特の箇所。「殺すな」という戒律と「兄弟に腹を立てること」を等値して、そこに本質的な差異はないと主イエスは指摘する。先週、都議選での自民党の敗北のニュースに埋もれてあまり話題にならなかったが、東京湾の中央防波堤内埋立地の帰属をめぐり、東京オリンピックを控えて、江東区と大田区が都に裁定を委ねるというニュースがあった。東京中のゴミ収集車が自分の区を通ってこの土地が埋め立てられた経緯を江東区は主張し、海苔養殖などの漁業権を放棄した見返りを大田区が主張するこの紛争は、なんと50年に及ぶ当事者同士の協議ではついに決着がつかなかったのだ。この区境争いの特徴は、自民党から共産党まで、それぞれの区議会の主張が一致していること。つまり、区境争いはイデーロギーをも越えるという典型。そして、この紛争に関係のない人々は、全く関心を寄せないということも特徴の一つ。北方領土や竹島、尖閣諸島等の国境紛争を思い出した。これが人間の現実なのだ。礼拝後、婦人会例会でルカ福音書23638の「女預言者アンナ」を萩原好子さんの発題で取り上げる。この日の夜は直子さんの誕生日ということで、家族が集まって一緒に食事をする。久しぶりに長男の嘉信も顔を出した。
 10日(月)午前中、眼科の定期検診。緑内障の方は点眼で眼圧を下げて様子を見ることが続いているが、白内障も始まっているという。年を取るということはこういうことか。夜は日本聖書神学校の授業で、柏木義円を取り上げる。
 11日(火)早朝に起き出して、『キリスト教講話集』Ⅳの再校をチェックして出版社にメールで送稿。午前中は錦糸町の賛育会病院で定期検診。可もなく不可もないという状態は感謝すべきだろう。午後、早稲田奉仕園で木曜日の講座のビデオの準備。そのまま夜は山口里子さんのゼミに参加。「からし種の譬」(マルコ43032)は、詩編の「レバノン杉に鳥が巣をかける」(10416)の言い換えではないかという解釈を提案され、考えさせられた。神の国についてのイメージを、レバノン杉の大木から、からし種の灌木へと転換しているというのだ。
 12日(水)午前中は聖書を学ぶ会でレビ記1115章を取り上げる。いわゆる清浄と穢れに関する規定の部分だが、これが食物規定としてその後の時代に大きな影響を与える。しかし、ヴェーバーが指摘するように、捕囚期の圧倒的なバビロニアの先進文明に儀礼的遮断によって抵抗した事実も考えねばならない。
 13日(木)午前中、キリスト教会館1階のNCA事務所の改装工事のために、不要な物品を運び出す作業。午後は連続講座「日本キリスト教史を読む」の2回目。この暑さの中30名近い参加者があり、部屋が狭くて往生する。

 14日(金)午前中は会館管理組合委員会。一旦帰宅して、夕刻から富坂キリスト教センターの内面史研究会。「戦前の在外邦人教会の実態」というテーマの研究発表。資料の読み込みが足りず、まとめるのが大変ではある。(戒能信生)

2017年7月9日日曜日

2017年7月16日 午前10時30分
聖霊降臨節第7主日礼拝(No15
     司式 常盤 陽子
    奏  黙 想       奏楽 内山 央絵
招  詞  93-1-1
讃 美 歌  19 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・25~32(ダレト)
讃 美 歌  101
聖書朗読  出エジプト記20・14
マタイ福音書5・27-32
祈  祷
讃 美 歌  102
説  教  「秘儀としての結婚?!」
戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  483
使徒信条  (9341A
献  金            岡崎 大祐
報  告
頌  栄  92
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校礼拝 お話し・向山功、奏楽・内山央絵
・礼拝後、お茶の会
・オリーブの会は中止(柴田哲子さんの海外出張のため9月に延期)

・北支区教会学校夏期一泊キャンプ(2:301712:00,

2017年7月8日土曜日

牧師の日記から(117
 72日(日)主日礼拝。マタイ福音書51720の講解説教。この福音書は、イエスを律法の廃棄ではなく完成者として理解する。1世紀後半のこの福音書の背景にある教会のファリサイ派への対峙の姿勢を反映しているのだろう。しかし、律法主義の些末主義の批判に止まらず、むしろ律法を徹底する仕方で、だれもそれを実行すること出来ないという事実を突きつける。つまり私たちには自分は大丈夫だ、安心だという自分の側の納得や了解を打ち砕いて、唯の罪人として神の前に立たされるのだ。夕方、直子さんと羊子と一緒に都議会議員選挙に行く。地方選挙ではあるが、現在の政権に対する批判や反撥がその結果に現れるようだ。
3日(月)午後から日本聖書神学校でのボイス・トレーニングに参加。講師の友野富美子さんは声優としてのキャリアのある人で、礼拝において言葉を届けることの大切さを改めて教えられる。そのまま夜の授業。この日は、新渡戸稲造について学生たちのリーディング・レポートがあり、とても優れた報告があった。
 4日(火)台風が近づいているとかで、蒸し暑い一日。夕方から雨が降り出した。このところ少しオーバーワーク気味なので、この日は一日のんびりする。赤江達也さんの『矢内原忠雄』(岩波新書)を読み始める。若い研究者の矢内原理解に教えられる。夜は丹絵理加さんの受洗準備会で、マルコ福音書を一緒に読む。
 5日(水)午前中、聖書を学ぶ会でレビ記910章を取り上げる。祭司アロンの任職と最初の祭儀の箇所で難解この上ない。午後は明日の沓掛学荘の職員礼拝の準備。7月末の集中講義「日本宗教史」で学生と一緒に訪ねる予定の崇教真光の広報部から、本郷の文京大修験道場を紹介する連絡があった。「手かざし」でよく知られる比較的新しい新宗教の現在がどうなっているのか興味津々である。
 6日(木)朝早く東京駅から新幹線で軽井沢へ。9時半から職員礼拝で奨励。午後、久しぶりに追分の保志治子さんを訪ねる。お元気そうで、声にも張りがあるが、坐骨神経痛の痛みと、なにか動作をする度に荒い息をするのが気になる。来週病院に行くというので、肺機能の低下について医師に相談するようにアドバイスする。軽井沢の空気は、さすがにさわやかで一息つく想い。夕方帰京。
 7日(金)朝からキリスト教会館に出向き、管理組合の仕事とNCA運営委員会。夜は、蔵前の聖公会聖ヨハネ教会のカフェ・エクレシアを会場に、「編集者がその本音を語る」の第1回。教団出版局の編集者であった詩人の柴崎聰さんに、私が質問者になってインタビューする。20人しか入れないので、それ以上参加者があったらどうしようかと内心案じていたのだが、熱暑もあってちょうど20人の参加。編集者として、キリスト者として、そして詩人としての柴崎さんの歩みを様々な角度から聞くことができたように思う。なお、このインタビューの記録は、キリスト新聞の季刊誌『ミニストリー』に掲載される予定。

 8日(土)一日書斎に閉じ籠って説教の準備や、校正作業など。蒸し暑さに溜まらず冷房をつける。午後、会堂清掃で須賀さんたちが来られる。(戒能信生)

2017年7月2日日曜日

2017年7月9日 午前10時30分
聖霊降臨節第6主日礼拝(No14
     司式 荒井久美子
    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子
招  詞  93-1-1
讃 美 歌  19 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・17~24(ギメル)
讃 美 歌  419
聖書朗読  イザヤ書49・14-21
マタイ福音書5・21-26
祈  祷
讃 美 歌  517
説  教  「兄弟への和解の勧め」
戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  161
使徒信条  (9341A
献  金            茨木 啓子
報  告
頌  栄  92
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校礼拝 お話し・野口洋子、奏楽・戒能直子
・礼拝後、お茶の会

・婦人会例会 聖書研究・ルカ福音書23638、発題・萩原好子