2017年9月24日日曜日


2017年10月1日 午前10時30分

聖霊降臨節第18主日礼拝(No25

     司式 荒井久美子

    奏  黙 想       奏楽 内山 央絵

招  詞  93-1-4

讃 美 歌  18 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・113~120(サメク) 

讃 美 歌  543

聖書朗読  アモス書5・21-27 

マタイ福音書6・16-18

祈  祷

讃 美 歌  470

説  教  「宗教的な熱心さ!?」

戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  444

使徒信条  (9341A

聖 餐 式    配餐 常盤陽子、石井房恵

賛 美 歌  81

献  金  対外献金「日本キリスト教婦人矯風会の働きを覚えて」野口洋子

報  告

頌  栄  28

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・野口洋子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

・定例長老会

2017年9月23日土曜日


牧師の日記から(128

 917日(日)主日礼拝。マタイ福音書6516の講解説教。『主の祈り』については一昨年集中的に取り上げているので、この日はマタイ福音書のコンテクストに沿って読み直した。特にカトリック教会の黙想について紹介し、私たちの祈りの理解をもう少し押し広げる必要に触れた。祈りは、神に向かって自分を開くことから始まる。そこでは言葉は必ずしも必要ない。礼拝後、オリーブの会で柴田哲子さんに「World Visionの働き」について紹介してもらった。その後、雨の中を浦安教会に行き、4時半からの招聘委員会に出席、後任牧師の候補を推薦した。この人事が御心にかない、祝福のうちに進められることを心から願う。その後、市川三本松教会に立ち寄り、福音教会の明治期の教会規則を見せてもらう。帰宅して『クリスチャン新聞』創刊50年記念号の原稿を書き上げて送る。

 18日(月)午前中、台風一過の快晴で猛暑の中、青山霊園での渡部澄彦さんの納骨式。家族・親族たち14人の参加。この霊園には、外人墓地の他、森有礼、平岩愃保、津田仙、山路愛山など明治から大正期にかけて活躍したキリスト者の墓がいくつもある。ビル群の真ん中に佇む古い墓石群が印象的。その後、一同で美味しい鰻をご馳走になる。帰宅して、キリスト者平和ネットの連載コラムの原稿を書いて送稿。戦時下の宣教師スパイ事件についての新聞報道を紹介する。

19日(火)午前中、神学読書会で、モルトマンの『希望の倫理』の第3章を取り上げる。この日の発題と紹介は百人町教会の賈晶淳牧師。出席者は、牧師が5名、信徒が3名の合計8名だった。午後、直子さんと庭のイチジクの実の収穫作業。今年は日照が少なかったせいか、成りが悪く小粒のものが多い。バザーのためのジャム作りに足りるかどうか。夜は丹絵理加さんの受洗準備のつもりだったが、連絡不十分で来られなかった。お詫びの葉書を出す。

20日(水)午前中、聖書を学ぶ会で民数記6章の「ナジル人の誓願」を取り上げる。きわめて古い宗教習慣に由来し、旧約のあちこちに痕跡が残っているし、新約のパウロの時代にも形を変えて存続している。そもそもイエスが「ナジル人=ナザレ人」と呼ばれたという有力な説があるのだ。この日は私の70歳!の誕生日で、何人もの教会員の方々から誕生カードが届いて恐縮する。傑作だったのは、荒井さん夫妻から届いたメール。「絵に描いた餅」ならぬメール上でのバースデイ・ケーキの写真が添えられていた。

21日(木)朝からキリスト教会館に行き、NCAの仕事。3時から運営委員会。来年3月に予定されている神学生交流プログラムの準備が始まる。校長はいつものように関田寛雄先生、講師は友人の神田健次さんで、会場はイエズス会鎌倉黙想の家。今から楽しみではある。第8回の報告書の初校の修正作業も。

22日(金)午前中は、会館管理組合の委員会。様々な案件を処理する。一度帰宅し、準備をして夜は北支区宣教研究委員会でエパタ教会へ。1970年代の北支区報『北斗星』のバックナンバーを読んで発題。(戒能信生)

2017年9月18日月曜日


2017年9月24日 午前10時30分

聖霊降臨節第17主日礼拝(No24

     司式 荒井  眞

    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  23 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・105~112(ヌン)

讃 美 歌  538

聖書朗読  出エジプト記12・37-42

祈  祷

讃 美 歌  407

説  教  「寝ずの番をする主」

戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  477

使徒信条  (9341A

献  金             野口 倢司 

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・大森意索、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

・週報等発送作業(ご協力ください)

・教会学校教師会

・らふぁえる練習

2017年9月24日 午前10時30分

聖霊降臨節第17主日礼拝(No24

     司式 荒井  眞

    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  23 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・105~112(ヌン)

讃 美 歌  538

聖書朗読  出エジプト記12・37-42

祈  祷

讃 美 歌  407

説  教  「寝ずの番をする主」

戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  477

使徒信条  (9341A

献  金             野口 倢司 

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・大森意索、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

・週報等発送作業(ご協力ください)

・教会学校教師会

・らふぁえる練習

2017年9月16日土曜日


牧師の日記から(127

 910日(日)主日礼拝。北支区交換講壇で、私は江古田教会へ。千代田教会には上林順一郎先生が来てくれる。江古田教会は、歴史から言っても、規模から見ても千代田教会と共通点が多い。戦前日本基督教聯盟の指導者だった海老澤亮牧師が自宅を開放して開拓伝道を初め、長男の宣道牧師が跡を継いだ教会。次男の有道先生は日本キリスト教史研究の大先輩にあたる。礼拝後、カレーライスを頂きながら、短い時間ではあったが教会員の皆さんと交流することができた。

11日(月)少し時間的余裕ができたので、日本キリスト教史関係の論文集でもまとめようかと考えていたら、知人や友人から、この間、各教区の教師研修会での講演や、あちこちに書いていた宣教論をまとめて刊行してほしいという要望が寄せられていた。新教出版社の小林望社長に相談すると、是非出したいということで、講演の記録などの整理を始めた。しかし何分統計資料が古くなっているし、講演の文体を読むための文章に直さなければならず、全面的に書き改めなくてはならないようだ。この秋は、その作業に追われることになる。この日から日本聖書神学校の授業が始まるので、夜は始業礼拝に出席し聖餐にあずかる。

12日(火)一日書斎で仕事。夜は、早稲田教会での山口里子ゼミに参加。ルカ福音書141623の「断られた食事会」について学ぶ。宴会への招待を直前に断った人々は、そうすることによって招待主を侮辱したのだ。そして主人は、道にたむろする無産者たちを招いて楽しんだという譬え話。2014年にノーベル平和賞を受賞した人権活動家カイラシュ・サティヤルティに、これと全く同じ経験があったという。アウト・カーストの人たちの宴会に招かれた政治家たちがやはり直前に断って来たたという。しかし泣きながら一人で食事を食べたサティヤルティさんに、不可触民の女性が「私たちの作った食事をあなたは食べた。私たちは勝ったのです」と語りかけたという。まるでイエスの譬え話の現代版だ。

13日(水)聖書を学ぶ会で民数記を学ぶ。旧約最大の躓きとされるあの人口調査の数の列記にどのような意味があるのだろうか。おそらくカナン定着後、各部族に土地を配分するための人口調査が背景にあるのだろう。2章に記されている各部族の配置図と、各部族の実際の居住地には何らかの対応関係があるようだ。

14日(木)昼前からキリスト教会館に行き、NCAの仕事。2時から連続講座「日本キリスト教史を読む」の第4回で植村正久を取り上げる。受講者が30人を超え、部屋が一杯になった。夜は市川三本松教会を訪ね、外谷悦夫牧師と浦安教会の後任牧師選考の打ち合わせ。19日の午後、緊急に招聘委員会を招集して推薦することとなった。その後、近くのイタリアン・レストランで食事をし、いろいろ話し合う。特に同胞教会関係の資料の共同研究を始めることになった。

15日(金)一日書斎に閉じこもって、『クリスチャン新聞』創刊50年記念号の原稿と『キリスト者平和ネット』の連載コラムの原稿書きの仕事。なかなかはかどらない。『時の徴』の校正も届き、忙しくなって来た。(戒能信生)

2017年9月10日日曜日


2017年9月17日 午前10時30分

聖霊降臨節第16主日礼拝(No23

     司式 橋本  茂

    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  23 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・97~104(メム)

讃 美 歌  494

聖書朗読  創世記24・26-27

マタイ福音書6・5-15

祈  祷

讃 美 歌  445

説  教  「祈るときに」

戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  493

使徒信条  (9341A

献  金             永松 信行

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・橋本悠久子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、オリーブの会「World Visionの働きについて」柴田哲子(昼食の用意あり)なるべく多くの方がご参加ください。

2017年9月9日土曜日


牧師の日記から(126

 93日(日)主日礼拝。マタイ福音書31719の講解説教。「後ろめたい」という言葉がある。「疚しいことがあるので気になる」という意味で用いられる。辞書を調べて、この語源が「後ろ目痛し」からきていることを初めて知った。つまり「背後からの人の視線が痛い」という意味。これを信仰的に言い換えれば、私たちキリスト者には常に神からの視線が注がれていて、それを覚えるという意味になるのではないか。定例長老会は約45分という記録的短時間で終わる。夜、北支区の機関誌「北斗星」に宗教改革500年についての短い随想を書いて送稿。

4日(月)この夏、新しいコンピューターを導入して、その慣し運転で時間を取られている。つまり入力する用語や人名をすべて覚えさせなくてはならないのだ。世間では、年を取るとこれが最後の車になるかと考えるらしいが、私にとってこれが最後のPCになるのだろう。これまでワープロから始まり、NEC98マシーン、そして何台かのノート・パソコンを使ってきたが、これが最後のPCになるわけだ。画面が大きくなり、速度も速くなったが、インターネットとの接続が電波の関係でうまくいかないのが難点。ルーターをもう少し高性能な機種に変えなければならないようだ。夜は、王子教会での北支区常任委員会に出席。

5日(火)午前中は賛育会病院で定期検診。Hga1cの値が基準ギリギリで、これを越えると薬を飲まなければならなくなると注意される。その後、肺炎球菌のワクチン注射を受ける。夕方から、イグナチオ教会ヨハネ・ホールで開催されたキリスト教書籍販売のトーク・イベントを聞きに行く。出版社、編集者、書店のそれぞれの立場からの発言が興味深かった。帰りに一緒になったCJCの郡山千里さんと四ッ谷駅前でお茶を飲む。福音派の『クリスチャン新聞』(『キリスト新聞』に非ず)創刊50年号に原稿を依頼されているので、創刊当時の様子を聞く。

6日(水)午前中、久しぶりに聖書を学ぶ会。レビ記25章のヨベルの年の規定を取り上げる。本来は7年毎に畑も休耕しなければならないという連作禁止の規定。それが7度の安息年を重ねた50年目を「ヨベルの年」として、すべての債務を帳消しにするという経済政策に拡大する。イスラエルがカナン定着後、農耕生活に移行すると、結果として貧富の格差が拡大し、継業の地の売却や債務奴隷が生まれ、その格差是正のために策定されたとされる。実際にはその実施は困難だったようだが、3000年近く昔に、このような格差是正の理念があったこと自体が驚き。50年というのは人間の一世代に相当する。夜、浦安教会の招聘委員会に出席する予定だったが、市川三本松教会で葬儀が入り、延期になる。

7日(木)朝10時からNCAの仕事。6階に東京YMCAが入居することになったのでそのうち合わせ。その後、早稲田奉仕園、AVACOとの三者協議会。
8日(金)午前中、年金事務所へ。今月で満70歳になるのでその手続きのため。つくづく自分の年齢を考えさせられる。夜は信濃町教会で行われた社会委員会の会合に出席。ようやく夏が終わり、少しずつ仕事が入って来た。(戒能信生)

2017年9月3日日曜日


2017年9月10日 午前10時30分

聖霊降臨節第15主日礼拝(No22

     司式 石井 房江

    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  23 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・89~96(ラメド)

讃 美 歌  202

聖書朗読  申命記3・23-26

Ⅱコリント書12・7-10

祈  祷

讃 美 歌  518

説  教  「我が恵み、汝に足れり」

江古田教会 上林順一郎牧師

祈  祷

讃 美 歌  451

使徒信条  (9341A

献  金             常盤 陽子

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・野口洋子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、上林牧師を囲む懇談会(昼食の用意あり)司会・常盤陽子

2017年9月2日土曜日


牧師の日記から(125)「最近読んだ本の紹介」

 今井信吾『宿題の絵日記帳』(リトルモア)画家で多摩美術大学の教員をしていた著者が、重度の難聴の障害を負う次女を日本聾話学校(町田の農村伝道神学校の隣り)に通わせる中で、学校との連絡のために書いた絵日記帳。専門の画家が描いた絵日記だからそのスケッチが優れているのは当たり前だが、障害を負う子どもの2歳から6歳までの成長の記録として秀逸なのだ。特に難聴児が、家族と学校の支援によって、発語と口話法を獲得していくその課程が素晴らしい。もうすっかり忘れていた我が家の子どもたちの育児の経験を久しぶりに思い出しながら、実に楽しく読んだ。 

 ポーラ・アンダーウッド『一万年の旅路 ネイティブ・アメリカンの口承史』(翔泳社)向山功さんが貸してくれたので目を通した。アメリカ北東部のネイティブ・インディアン、イロコイ族に伝わる口頭伝承を文字化したもので、日本語訳で500ページを超える大作。約200年前、イロコイ族がキリスト教への改宗を迫られ、先祖伝来の口伝を廃棄しようとした際、一人の女性伝承者が逃げ出し、秘かに継承者に伝えたという壮大な口碑。驚くべきことに、その中に約一万年前、ベーリング陸峡(その当時はつながっていた)を渡って、アジアから北米に移住した経緯を伝える伝承があること。南北アメリカの原住民は、DNAによってユーラシア大陸に起源があるとされるが、それを裏書きする貴重な証言ということになる。その口頭伝承では、女性の役割が大きく、また様々なトラブルや困難に出会っても部族の共同の話し合いによって方針を決めていくなど、興味深い点が多々ある。おそらくその史実的信憑性について、学問的には疑問符がつけられるのだろうが、興味深く拾い読みした。

 ジャレド・ダイアモンド『第三のチンパンジー 人間という動物の進化と未来』(草思社文庫)ピューリッツァ賞を受けた同じ著者の『銃・病原菌・鉄』、続編の『文明崩壊』も読んでいるが、本書は著者の処女作『人間はどこまでチンパンジーか』を、その後の研究成果を加えて、若者向けに分かりやすくリライトしたもの。いわば著者の問題意識が詰め込まれたような内容となっている。チンパンジーと人間のDNA98.4%同じだという指摘から始まる最初の部分は、立花隆の『サル学の現在』でも触れられていたが、この著者は生理学から出発し、生物地理学、さらに進化生物学へと学問の領域を越えて、言わば文化人類学的な考察を展開する。特に、森林破壊と土壌の流出によって植生が失われ、飢えた人類によって大型哺乳類が絶滅していったという歴史分析、またジェノサイドをめぐる考察も、人間とは何か、そしてその未来についての鋭い問題を提起している。

 高橋敏『一茶の相続争い 北国街道柏原宿訴訟始末』(岩波新書)俳人小林一茶の故郷・柏原での百姓弥太郎としての晩年を、腹違いの弟の相続争い文書から読み解いたもの。ずっと以前柏原の一茶記念館を訪れた時、一茶の晩年の生活を知って驚いたことを思い出しながら読んだ。(戒能信生)

2017年9月3日 午前10時30分

聖霊降臨節第14主日礼拝(No21

     司式 鈴木志津恵

    奏  黙 想       奏楽 内山 央絵

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  23 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・81~88(カフ)

讃 美 歌  453

聖書朗読  ハバクク書3・17-19

マタイ福音書6・1-4

祈  祷

讃 美 歌  496

説  教  「善きことをするときに」

戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  564

使徒信条  (9341A

献  金  対外献金「四国教区潮江教会会堂建築のために」    津金 寿子

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・戒能牧師、奏楽・内山央絵)

・礼拝後、お茶の会

・定例長老会

2017年8月26日土曜日


牧師の日記から(124)「最近読んだ本の紹介」

 相馬伸一『ヨハネス・コメニウス 汎知学の光』(講談社選書メチエ)コメニウスの名前は、教育学の祖としてしか知らなかった。ただチェコの神学者フロマートカが所属した神学校が、戦後、フス神学校からコメニウス神学校と改称したことが気になっていた。そのコメニウスの生涯についてこの国でほんと初めて紹介した本書を読んで、コメニウスが宗教改革の先覚者ヤン・フスの系統を継ぐ兄弟団の指導的牧師であり、30年戦争で故郷を追われ、ヨーロッパを転々として、最後はオランダで客死したことを初めて知った。たまたまアルフォンス・ミュシャ(ムハ)の連作絵画「スラヴ叙事詩」が国立新美術館で展観され、羊子が図録を買って来た。その中に、「ヤン・アーモス・コメンスキー(コメニウス)のナールデン(オランダ)での最後の日々」があるのを見出した。祖国を追われ、しかし宗教的和解の希望を抱き続けたコメニウスの最後が崇高に描かれている。彼は、チェコのプロテスタントを代表する指導者であり、エキュメズムのパイオニアとも言うべき神学者であった。今年は宗教改革500年でその関連の催しが盛んに開かれているが、もう少し広い視野で宗教改革史を見なければならない。

近藤康史『分解するイギリス 民主主義モデルの漂流』(ちくま新書)昨年6月のイギリスの国民投票によるEU離脱(Brexit)について、この国のマスコミでは主に経済的な影響を懸念する論調が多かった。しかしこの書物は、議会制民主主義のモデルとされてきたイギリスの制度やシステムが様々な点で分解しかけている事実から検証している。つまり、価値観の多様化によって二大政党制は崩壊しかけており、政党内の対立によって政党の一体性は弱まり、議会多数派の意向と国民意識との乖離が進行しているという。このような現象はこの国でも平行しているのではないか。例えば原子力発電の継続について、世論調査では国民の大多数が否定的であるのに対し、国会議員の多くは存続すべきと考えている。憲法改正についても同様だ。つまりイギリスで起こっているシステムの溶解は、この国でも着実に進行しており、その先にはそれこそポピュリズムや偏狭なナショナリズムの横行が懸念される。貧富の格差の拡大はそれに拍車をかけるだろう。民意を反映する政治という議会制民主主義の本質が問われているようだ。
 渡辺尚志『百姓たちの山争い裁判』(草思社)江戸期から明治期にかけて各地の入会地をめぐる訴訟を、残されている資料を読み解いて解説してくれる。肥料や燃料の供給源として農民には不可欠だった山林は、しかし所有者がはっきりせず、村落共同体の共用地とされていた。その使用権や帰属をめぐる紛争は、最初の武力的衝突から、次第に藩や幕府に訴えて裁判に持ち込まれるようになる。その膨大な訴訟資料から、当時の農民の生活や意識を読み取ることができる。また国土の七割を占めるこの国の豊かな山林はこうして守られたのだという。この入会権については、私の遠い親族にあたる法律家の戒能通孝氏が学問的にも、また実際の小繋事件の訴訟でも活躍したので関心があった。(戒能信生)

2017年8月20日日曜日

2017年8月27日 午前10時30分
聖霊降臨節第13主日礼拝(No20
     司式 常盤 陽子
    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子
招  詞  93-1-
讃 美 歌  20 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・73~80(ヨド)
讃 美 歌  562
聖書朗読  出エジプト記4・10-17
祈  祷
讃 美 歌  186
説  教  「この口の重い者にも」
戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  152
使徒信条  (9341A
献  金            高岸 泰子
報  告
頌  栄  90
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校(夏休み)
・礼拝後、お茶の会
・週報等発送作業

ⅭS教師会

2017年8月18日金曜日

牧師の日記から(123)「最近読んだ本の紹介」
 赤江達也『矢内原忠雄 戦争と知識人の使命』(岩波新書)著者はまだ若い研究者で、数年前『紙上の教会と日本近代』で、内村鑑三と無教会運動について社会学の手法で分析し注目された。その著者が、今度は矢内原忠雄の生涯と思想を、比較的分かりやすく紹介している。矢内原が昭和12年末の段階で東京大学を追われ、戦時下において公職に就かず、戦時体制に一貫して抵抗した事実は知られているが、その信仰と思想の解明は容易ではない。この新書でも矢内原の国家論や天皇観などの問題点や矛盾が十分に解明されているとは言えない。つまり、矢内原忠雄においてさえ一貫した反戦思想を抽出することは困難なのだ。戦後、矢内原の戦時下抵抗について、彼が植民地研究の専門家であり、その実態をよく知っていたからだという言説があった。それに対して矢内原自身は「東京大学には政治や経済の専門家がたくさんいたが、その多くは事柄の本質を見抜けなかった。しかし自分には聖書があった。聖書だけを頼りに、あの戦争に反対できたのだ」と語ったという。案外このあたりがことの真相を語っているのかもしれない。
 澁谷由里『馬賊の満州 張作霖と近代中国』(講談社学術文庫)これはまた思いもかけない視点からの近代中国史、および満州史の試み。従来、馬賊の頭目とか、日本の傀儡としか認識されてこなかった張作霖に焦点を合わせ、特にその側近の行政官・王永江の存在に注目して、これまでの通説を覆そうとしている。いわば張作霖の視点から辛亥革命から日本の満州支配までの実態を検証している。
 窪薗晴夫編『オノマトペの鍵 ピカチュウからモフモフまで』(岩波科学ライブラリー)日本語特有の擬声語、擬態語について、言語学者たちが分かりやすく論じている。その序でも紹介されているが、英語ではcryweepなどの動詞で「泣く」ことを表わすのに対して、日本語では「シクシク泣く」「メソメソ泣く」「オイオイ泣く」などと擬声語の副詞で表現する場合が多い。それは俳句や童謡にも頻出する。このオノマトペについて、その歴史や幼児語との関連、他言語との比較、最近のアニメーションなどに至るまで多角的に論じた啓蒙書。
吉田裕他編『平成の天皇制とは何か 個人と制度のはざまで』(岩波書店)昨年8月の天皇の生前退位の意向表明以降、ようやく象徴天皇制をめぐる議論が様々に論じられるようになった。本書は、現天皇に焦点を合わせて、平成流象徴天皇制の動向を、その折々の「お言葉」や、公的行事、特に被災地見舞い、海外の激戦地への「慰霊の旅」などについて、メディアの報道の仕方も含めて詳細に分析している。従来キリスト教会では、戦前の神権天皇制の復活を懸念し、ヤスクニ問題への取り組みなどを通して、絶対主義天皇制への批判、疑念を公けにしてきた。しかし象徴天皇制そのものについてきちんと神学的な議論をしてこなかったのではないか。この難題について私も小さな論文を準備中で、その参考にすべく読んだ。しかし本書の執筆者たちも、いわば及び腰のような論述の仕方が気になった。つくづく天皇制についての議論は難しい。(戒能信生)

2017年8月13日日曜日

2017年8月20日 午前10時30分
聖霊降臨節第12主日礼拝(No19
     司式 荒井久美子
    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子
招  詞  93-1-
讃 美 歌  20 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・65~72(テト)
讃 美 歌  436
聖書朗読  イザヤ書5・5-6
      ロマ書11・11-27
祈  祷
讃 美 歌  142
信徒講壇  「聖書とユダヤ人と私」
高岸 泰子
祈  祷
讃 美 歌  475
使徒信条  (9341A
献  金            鈴木志津恵
報  告
頌  栄  90
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校(夏休み)

・礼拝後、お茶の会

2017年8月12日土曜日

牧師の日記から(122)「最近読んだ本の紹介」
 石垣りん『ユーモアの鎖国』(ちくま文庫)茨木のり子さんの『詩のこころを読む』でこの詩人を知った。小学校卒業後、家庭の事情で戦前の日本興業銀行に勤務し、生涯独身で停年まで勤めたこの女性詩人の生活とたたずまいが淡々と書かれている。女性として、勤め人として、そして詩人として戦後の日本社会への凝視から紡ぎだされたその硬質な詩には、独特の光彩があるように思う。
谷川俊太郎編『まど・みちお詩集』(岩波文庫)まどさんの詩は、全詩集も、井坂洋子編も持っているが、谷川俊太郎の編集と解説でどのように編纂されているのか興味があって手にした。私は現代詩をほとんど読まないが、まどみちおの詩だけは繰り返し読んで来た。教会学校での子どもたちへのお話しの中でも何度も引用して来た。なにより分りやすいし、その一種の創造論信仰が素直に歌われていることに感動する。敢えて言えば、贖罪信仰一本槍の信仰ではない創造神に対する感謝と謙虚さが、多くの人々、そして子どもたちを惹きつけるのだろう。
黒川知文『ロシア・キリスト教史』(教文館)ロシア正教会のことはいつも気になっていた。明治前半期に日本に派遣された宣教司祭ニコライの生涯にも関心があって、その『日記』を拾い読みしたし、谷中墓地のニコライの墓を訪ねたこともある。ニコライ堂を訪問し、北原神父から正教会の歴史について伺ったことも印象に残っている。そのロシア正教会の歴史を本書は概説してくれる。東方教会からスラブに伝播し、「タタールの軛」を経てロシア帝国下で独自の発展をした歩み、特に数々の分離派の動向やイコン信仰、そしてヘシカスムという神秘主義にも興味を惹かれる。ロシア革命以降の共産主義政権下での受難の歴史、ペレストレイカを経て、現在の正教会の現状まで、錯綜したその歴史を読んで、複雑な読後感だった。ヨーロッパにおける教会と国家の関係とは全く異なる課題がそこに提起されている。友人の宗教ジャーナリストから聞いたのだが、ロシア正教では、司祭の妻帯が許されている。但し、幹部にはなれず、シベリアなどの地方の困難な地域に赴任するのだという。ところが、中央の幹部が政権と癒着して堕落するのに対し、地方の妻帯司祭の子息の中から、常に改革派が生まれるのだという。一筋縄では括れない正教会の歴史を垣間見る思いだった。

呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』(中公新書)織田信長以降の戦国時代については、テレビ・ドラマや小説でたびたび取り上げられるので、その興亡の全体像は知られている。しかしその直前の室町期についてはほとんど知られていない。応仁の乱によって守護大名が各地に分散・勃興し、それが戦国時代につながって行くのだが、室町期と応仁の乱について、最近の研究動向も踏まえて概説してくれる。初めて名前を聞く貴族や武将、そして僧侶たちの名前が次々に出て来て、かなり忍耐をもって読まなければ読み通せない。よくこんな本がベストセラーになったと思う。ただ、大きな物語が終わった後の崩壊過程と混迷が、どこか現在と通底するところがあるのかもしれない。(戒能信生)
2017年8月13日 午前10時30分
聖霊降臨節第11主日礼拝(No18
     司式 荒井  眞
    奏  黙 想       奏楽 内山 央絵
招  詞  93-1-
讃 美 歌  20 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・57~64(ヘト)
讃 美 歌  288
聖書朗読  ヨナ書3・1-5
      マタイ福音書5・43-48
祈  祷
讃 美 歌  464
説  教  「敵を愛しなさい」
戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  394
使徒信条  (9341A
献  金            鈴木基三恵
報  告
頌  栄  90
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校(夏休み)
・礼拝後、お茶の会