2019年4月21日日曜日


牧師の日記から(210

414日(日)主日礼拝、Ⅱヨハネの講解説教「真理とは何か」。ヨハネ文書に頻出する言葉にaleteia「真理」がある。ギリシア思想から借りてイエス・キリストの福音を表現するのに用いたのだ。ヨハネ福音書18章の総督ピラトの法廷で、ピラトは「真理とは何か」と呟く。ピラトにとって真理はいくつもあり、なくてはならない真理を理解できないでいる。プロシアの鉄拳宰相と言われたビスマルクは、毎朝ローズンゲンを読むことを日課とする篤実なクリスチャンであったが、一方で「イエスの言葉によって政治はできない」と嘯いている。私たちにとってイエス・キリストの真理は何なのか、というような説教をして、最後の祈りをしている最中に脳虚血で意識が遠くなり、司式の橋本茂さんや奏楽の釜坂由理子さんに助けられた。こんなことは初めての経験で、やはり手術後の体力が戻っていないことを思い知らされた。医師の大森意策さんも心配して、明日の聖書神学校の授業は休講にするように強く勧められた。受難週の全体祈祷会は司会の鈴木志津恵さんに任せて、少し横になって休み、定例長老会に出席。新宿伝道所からの三名の転入会者の面接と、定期教会総会の準備を整える。後は終日、横になって休む。ダビンチ手術ということで、身体への負担が少ないと思い込み、退院後すぐに総会準備などの仕事を始めたのが良くなかったようだ。

15日(月)左足の裏側の神経が痛む。横になっていると少し楽なので、痛くなるとすぐに横になっている。その合間を縫って、故・大塩清之助牧師の遺稿・追悼集の校正作業。100か所ほどを修正して、シャローム印刷にファクスで送る。聖書神学校の授業は、この日二コマ予定されていたのだが、一つは休講にしてもらい、日本キリスト教史だけを担当する。但し、行き帰りはタクシーを使った。

16日(火)午前中、賛育会病院の定期健診。主治医の診断では、おそらく前立腺癌の手術の後遺症で坐骨神経痛の症状が出ているとの診断で、痛み止めの薬を処方される。長く待たされたので疲れてしまい、帰りはタクシーを使った。

17日(水)先週取材を受けた『社会新報』の大嘗祭についての確認稿が届く。後はひたすら内面史研究会の校正作業。自分の原稿二つと、共同討議の校正を何とか終えて出版社に送る。これで一息つき、坐骨神経痛の痛みがひどいので横になって本を読む。ちょうど関根清三さんの『内村鑑三』と、大貫隆さんの『終末論の系譜』という二冊の大著が届いているので、寝床で読み進める。こういう機会がなければ、このような大きな書物はなかなか読めない。夕方、長男の嘉信が来てくれて、PCのメインテナンスと新しいプリンターの設定をしてくれる。

18日(木)午後からNCAの新年度第一回の運営委員会。往復はタクシーを使い、今年度の事業計画について協議する。夕方終って疲れ切って帰宅。そこへ興望館の野原さんから電話があり、518日の興望館100周年記念礼拝の奨励の聖書個所を送るように言われる。5月から6月にかけていくつもの講演や京都への日帰り出張なども予定されていて、果たしてこの体力で可能なのか。(戒能信生)

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