2017年8月6日日曜日

牧師の日記から(121)「最近読んだ本の紹介」
 桐野夏生『夜の谷を行く』(文芸春秋)時折新聞などで、私と同世代の党派の幹部が公安事件で逮捕されたというニュースを目にする。彼・彼女たちは50年前、1960年代後半に活動を始め、党派の専従として地下生活を送り、現在70歳前後になっている。私自身は党派とは関係を持たなかったが、ある意味では彼らと同じ時代の空気を吸っている。彼・彼女たちがあの時代からずっと地下活動を続けて来たのかと想像すると、ある種複雑な想いに駆られる。同じことが、連合赤軍事件についても言える。この間、あの事件について様々な書物が書かれて来たが、大塚英志の『彼女たちの連合赤軍』を例外として、ほとんど目を通すことはなかった。いや、むしろ読み通せなかったと言える。そもそも全共闘運動についての小説や評論を読んでも、実際にその渦中にいた者の実感とはどこかで違うという違和感が先立ってしまうのだ。作家・桐野夏生があの事件の50年後を描いたこの小説を、途中何度も中断しながら読んだ。連赤事件を生き延び、長い獄中生活を経て、今老後を迎えている人々の現在が描かれていて、胸をつかれる。あの事件の惨劇を、50年後から振り返る辛さに同伴する想いで読まされた。ただ最後の一種の救済は、やはり小説的な仮構だと感じざるを得なかったが。
ウィロー・ウィルソン『無限の書』(創元海外SF叢書)情報管理が徹底したアラブの独裁国家で、主人公の若者がITを武器に「アラブの春」への道を拓くという冒険小説。2013年度の世界幻想文学大賞受賞作で、一言で言えばサイバーパンクとアラビアンナイトの世界を融合したようなSFファンタジー。しかし主人公が、アラブの王族とインド人の第4夫人との間に生まれた青年で、その出生ゆえに未来が閉ざされているのを、ハッカーとしての能力をもとに波乱万丈の活躍をしていく。いかにもファンタジーの現代的展開として興味深く読んだ。
マイクル・コナリー『ブラックボックス』(講談社文庫)ロス市警のハリー・ボッシュ刑事を主人公とするシリーズの最新作。このシリーズを読み始めてもう20年近くになるだろう。私の愛読して来た海外ミステリー作家が次々と亡くなって行く中で、今も現役でシリーズを書き続けている数少ない作品。警察組織の軋轢の中で、個人主義者の主人公が、独力で難事件を解決していくといういつものストーリーだが、やはり安心して楽しんで読める。
R・D・ウィングフィールド『フロスト始末』(創元社推理文庫)これも愛読して来た刑事物ミステリーのシリーズだが、数年前著者は亡くなり、これが遺作だという。イギリスの地方都市デントンの警察で、到底名刑事とは言えない、品性下劣で素行の悪い主人公が、官僚組織の中で度重なる失敗や不遇にもめげず、最後には難事件を解決するというこれもお決まりのストーリー。そのダメ刑事ぶりが、凡百のミステリーの中で出色なのだ。しかしこのシリーズがもう読めないと思うと、なんだか寂しい。これも年を取るということなのだろう。(戒能信生)


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