2017年8月18日金曜日

牧師の日記から(123)「最近読んだ本の紹介」
 赤江達也『矢内原忠雄 戦争と知識人の使命』(岩波新書)著者はまだ若い研究者で、数年前『紙上の教会と日本近代』で、内村鑑三と無教会運動について社会学の手法で分析し注目された。その著者が、今度は矢内原忠雄の生涯と思想を、比較的分かりやすく紹介している。矢内原が昭和12年末の段階で東京大学を追われ、戦時下において公職に就かず、戦時体制に一貫して抵抗した事実は知られているが、その信仰と思想の解明は容易ではない。この新書でも矢内原の国家論や天皇観などの問題点や矛盾が十分に解明されているとは言えない。つまり、矢内原忠雄においてさえ一貫した反戦思想を抽出することは困難なのだ。戦後、矢内原の戦時下抵抗について、彼が植民地研究の専門家であり、その実態をよく知っていたからだという言説があった。それに対して矢内原自身は「東京大学には政治や経済の専門家がたくさんいたが、その多くは事柄の本質を見抜けなかった。しかし自分には聖書があった。聖書だけを頼りに、あの戦争に反対できたのだ」と語ったという。案外このあたりがことの真相を語っているのかもしれない。
 澁谷由里『馬賊の満州 張作霖と近代中国』(講談社学術文庫)これはまた思いもかけない視点からの近代中国史、および満州史の試み。従来、馬賊の頭目とか、日本の傀儡としか認識されてこなかった張作霖に焦点を合わせ、特にその側近の行政官・王永江の存在に注目して、これまでの通説を覆そうとしている。いわば張作霖の視点から辛亥革命から日本の満州支配までの実態を検証している。
 窪薗晴夫編『オノマトペの鍵 ピカチュウからモフモフまで』(岩波科学ライブラリー)日本語特有の擬声語、擬態語について、言語学者たちが分かりやすく論じている。その序でも紹介されているが、英語ではcryweepなどの動詞で「泣く」ことを表わすのに対して、日本語では「シクシク泣く」「メソメソ泣く」「オイオイ泣く」などと擬声語の副詞で表現する場合が多い。それは俳句や童謡にも頻出する。このオノマトペについて、その歴史や幼児語との関連、他言語との比較、最近のアニメーションなどに至るまで多角的に論じた啓蒙書。
吉田裕他編『平成の天皇制とは何か 個人と制度のはざまで』(岩波書店)昨年8月の天皇の生前退位の意向表明以降、ようやく象徴天皇制をめぐる議論が様々に論じられるようになった。本書は、現天皇に焦点を合わせて、平成流象徴天皇制の動向を、その折々の「お言葉」や、公的行事、特に被災地見舞い、海外の激戦地への「慰霊の旅」などについて、メディアの報道の仕方も含めて詳細に分析している。従来キリスト教会では、戦前の神権天皇制の復活を懸念し、ヤスクニ問題への取り組みなどを通して、絶対主義天皇制への批判、疑念を公けにしてきた。しかし象徴天皇制そのものについてきちんと神学的な議論をしてこなかったのではないか。この難題について私も小さな論文を準備中で、その参考にすべく読んだ。しかし本書の執筆者たちも、いわば及び腰のような論述の仕方が気になった。つくづく天皇制についての議論は難しい。(戒能信生)

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