2017年11月3日金曜日

牧師の日記から(134)「最近読んだ本の紹介」
カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』(早川文庫)今年のノーベル文学賞受賞者の最近作。なんとアーサー王伝説を下敷きにファンタジー仕立てで、年老いた夫婦の旅路を物語る。普通ファンタジーと言えば、子どもか若者が主人公だが、本作では死出の旅に旅立つ老夫婦が主人公なのだ。そこに既に含意がある。さらにブリトン人とサクソン人の民族対立を背景に、血で血を洗う抗争の記憶を忘却すべきか、それとも記憶を取り戻して報復するかをテーマとしている。それは、日本生まれの少年を寛容に受け容れて来たイギリス社会への著者なりのメッセージを含むのだろう。しかし私にとって印象的だったのは、記憶をめぐるテーマだった。竜が吐く霧によって人々は記憶を喪失している中で、その竜を退治して記憶を取り戻そうとするのがメイン・ストーリーなのだ。しかし記憶の回復は、当然のことながら悪夢のような事実を想い出すことでもある。「許そう、しかし忘れない」は、日本の戦争責任についてアジアの人々から突きつけられた言葉だった。しかし忘れないということは、決して許していないということだという主張もある。過剰に情報が溢れる中で、いつしかある種の健忘症に陥っているこの国の現実を連想させられた。
久米宏『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』(世界文化社)1980年代の後半から2000年代の初めにかけて、つまり私の40歳から50歳代の頃、夜10時から放送されるニュースステーションをほとんど毎晩のように観ていたと思う。その番組のキャスターを18年に渡って務めた著者が回顧する内幕物。見せる(魅せる)ニュース番組として、セットの造りから衣装、ニュースを読む速度や声質、さらにその高低にまで気を配り工夫したという。テレビを観ていたこちら側の当時の記憶が甦ってくるようだった。
ブライアン・フリーマントル『クラウド・テロリスト 上下』(新潮文庫)『消されかけた男』以来、独特のスパイ小説を書き続けてきた著者が、今度はアラブ・ゲリラによるテロをサイバー戦によって未然に防ぐというテーマを取り上げて いる。古典的な諜報員による情報活動ではなく、今やサイバー空間が情報収集活動の最先端になっているというのだ(国家安全保障局をめぐるスノーデン事件を!)。しかしかなり高齢のはずの著者がITの最前線を取り上げるその意欲には感心させられた。敵組織よりもむしろ味方同士のセクショナリズムや対立を書き込むというお得意の展開で、結末のどんでん返しも相変わらずの冴えを見せる。

竹森哲郎『黄昏の全共闘世代 その残滓が、今』(文芸社)1970年代の全共闘時代、慶応で学生新聞の編集長であった著者の断片的な回想と、70歳になろうとする現在の生活を行きつ戻りつしながら、全共闘世代が今何を思うかを率直に綴っている。90歳を超える母親の介護に気を配りつつ、趣味の競馬への想いを語る不思議なテイストのエッセー集。教会員の竹森靜子さんの息子さんが書いた書き下ろしで、同世代の私はある種の共感を抱きながら読まされた。(戒能信生)

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