2016年8月26日金曜日

牧師の日記から(73)「最近読んだ本から」
立花隆『戦争を語る』(文芸春秋)東京大学や立教大学のゼミで学生たちと取り組んだ「デジタル・ミュージアム 戦争の記憶」から、著者の家族の歴史を取り上げたもの。長崎で生まれ(父上が活水女学院の教員だった)、その後北京の日本人学校の教師として中国に移り住み、敗戦後の混乱の中を引き揚げて来るまでの家族の歩みを取り上げている。先々週の信徒講壇で教会員の荒井久美子さんが「大連からの脱出」を紹介されたが、比較的治安のよかった北京からの引き揚げの体験が、当時5歳であった隆少年の断片的な記憶、兄弟たちの記憶、そしてなにより母親の記憶が縒り合されている。私の母も、戦後、台湾から二人の幼い娘と共に身一つで引き揚げて来たが、そのときの経験や記憶を記録にまとめておかなかったことを今さらながら悔やんでいる。
鶴見俊輔『昭和を語る』(晶文社)司馬遼太郎、都留重人、羽仁五郎、開高健などと語り合った古い対談録を再編集したもの。これまでほとんど見逃しているものばかりで、興味深い。特に面白かったのは、羽仁五郎が自分の歴史学の動機を説明して、「愛する女性(羽仁もと子のこと)のキリスト教信仰と対決しなければならなかったのだな」と説明しているくだり。かたや鶴見さんの夫人・横山貞子さんもまたクリスチャンなので、思わずニヤリとした。
渡辺京二『さらば、政治の世界よ 旅の仲間へ』(晶文社)羊子が父の日にプレゼントしてくれた本。名著『逝きし世の面影』の著者が、熊本に在住し石牟礼道子さんの介護を担われていることは聞き知っていたが、その肉声に触れる想いがした。保守や革新という分け方ではない、生活に根差した思想の言葉を紡ぎだそうとする姿勢に深い感銘を受けた。
山口智美・他『海を渡る慰安婦問題 右派の歴史戦を問う』(岩波書店)以前、雑誌『世界』に元外交官の東郷和彦氏が国内の慰安婦問題についての右派の議論は、国際社会では全く通用しないと紹介していた。そのような欧米の観方に対して、歴史修正主義に立つ論者たちが、盛んに国際キャンペーンを展開している事実を、この本で初めて知った。昨年暮れの安部政権による慰安婦問題についての「日韓合意」の今後に改めて注目させられる。

トマス・ホッブズ(高野清弘訳)『法の原理』(行路社)古くからの友人である政治学者高野清弘さんが、甲南大学を退職し、ライフワークであったホッブズの翻訳を完成して送ってくれた。昨年、ギリシア語の発音について問い合わせがあって調べて知らせたが、この仕事だったのだ。政治学の祖とされるホッブズの議論は難解で私には歯が立たないが、「人間は人間に対して狼だ」という認識のもとに、自然法と政治的な法の原理を描いているようだ。このように、「最近読んだ本」と言っても、ところどころ拾い読みをしたものも含まれているのだ。(戒能信生)

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