2017年5月4日木曜日

牧師の日記から「最近読んだ本の紹介」(108
 柄谷行人『思想的地震 柄谷行人講演集成19952015』(ちくま学芸文庫)文学・哲学・歴史・経済・政治のあらゆる分野を横断して語ることのできるほとんど最後の思想家である著者の講演集。近代文学の終わりから、建築論、トランスクリティークを経て、帝国の構造と交換論まで、柄谷思想の世界を分かりやすく読むことができる。最近、著者がカトリック教会で洗礼を受けたと聞いたが、それは柄谷の世界共和国Xとの関連でどう位置づけられるのだろうか。
深井智朗『プロテスタンティズム 宗教改革から現代政治まで』(中公新書)今年は宗教改革500年ということで、宗教改革に関する書籍が何冊も出版されている。その中でこの小さな新書は、最も有益なものだった。ルターと宗教改革についての最近の研究成果を踏まえて、その後のプロテスタントの歴史を現代の政治思想に至るまで簡潔に解説してくれる。特に硬直化した宗教界に、自己批判と自己相対化の原理としてのプロテスタンティズムの現代的意義を強調している。
松田壽男『古代の朱』(ちくま学芸文庫)著者は中央アジア史の研究者で、東西文化の交流史が本来の専門である。ところがこの本は、この国の古代における遺跡に朱色の装飾が施されていることに注目し、それが水銀を算出する地域と重なっていることから、水銀から古代の塗料として朱が合成されたとする。さらに、金の精練に水銀が用いられ、また即身仏の作成にも水銀が利用されたと推測する。その観点から万葉集や風土記などを読み直すと、古代の朱についての全く新しい知見が得られるとする。水銀産出地域のフィールドワークを重ねて論証している。
神田千里『宣教師と「太平記」』(集英社新書)名前だけは聞いているが読んだこともない『太平記』(全40巻)にキリシタン版(抜き書き)があったことに驚く。宣教師たちに日本の歴史や思考・習慣を学習させるための教材として刊行されたとのこと。この『太平記』や『平家物語』によって、中世社会の歴史意識が形成されたという。全く未知の世界を垣間見るような読書体験だった。
宮本常一『塩の道』(講談社学術文庫)民俗学者として知られる宮本常一の晩年の講演をまとめたもの。古代から中世の民衆の暮らしや食べ物の細部に注目し、そこからこの国の文化や歴史を見直そうとする。例えば、戦国時代の合戦は、農民たちを巻き込んでいないという事実や、紀貫之の『土佐日記』の記述から、淀川に乗り入れた船の形状(平底船)を推測するなど、驚くべき知見が縦横に披露される。江上波夫の騎馬民族襲来説を採用するなど、現代の研究水準では退けられている点もあるようだが、常民の生活に密着して考究する姿勢に教えられた。

カルヴィーノ『イタリア民話集 上下』(岩波文庫)イタリアの各地に伝えられている民話を集めたもの。夜寝る時に読むのに最適。イタリア北部の民話には、王子さまとお姫さまをめぐる説話が多いが、南部には比較的少なく、貧しい漁師や農民、そして商人たちの活躍が増える。中世都市国家の趨勢や北部と南部の経済格差が民話にも反映しているのだろうか。(戒能信生)

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