2017年5月18日木曜日

牧師の日記から「最近読んだ本の紹介」(110
 來住英俊『キリスト教は役に立つか』(新潮選書)カトリックの御受難修道会の修道司祭である著者が、一般の読者向けに書いたキリスト教入門書。これが出色の出来で、カトリック教義に逃げないで、キリスト教信仰を説明している。つまり信仰を前提にしないで、一般の読者にもキリスト教が役に立つというのだ。「この先、日本でキリスト者がどんどん増えるという意味での宣教については、それほど明るい見通しを持っていません。しかし、洞察の提供という点では、この先もキリスト教が日本社会に大いに貢献することができると思っています」という観点から書かれている。私も15年ほど以前「当面、日本のキリスト教は少数者のままだろうが、しかし少数者であるが故の使命があるはずだ」という趣旨の論文を書いて、「宣教研究所の責任者たる者が信徒が増えないとは何事か」とバッシングを受けたことがある。その意味では共感するところが多かった。
内澤洵子『捨てる女』(朝日文庫)迷著『世界屠畜紀行』でこのルポライター兼イラストレーターの存在を知った。その後、彼女は乳がんを発病してそれを克服し、その過程で身辺に溜まった不要不急の物を整理し始め、ついには同居人()まで整理して、果ては瀬戸内海の小豆島に移住してしまった。その経過と内幕を面白おかしく暴露したエッセイ集。以前、NCAの講演会に講師としてお呼びしようとしたが、ちょうど闘病中だったので日程が折り合わずに断念したことがある。『世界』に連載された『飼い食い 三匹の豚とわたし』も愛読していた。
廣瀬友紀『小さい言語学者の冒険』(岩波科学ライブラリー)言葉を覚え始めたばかりの子どもが、奇妙な言い間違いをすることがある。私の長男も、「トラック」を「タカール」、「とうもろこし」を「とうもころし」と言っていた。小さな子どもに特有の言い間違いに母親の視点で着目し、そこから日本語独自の言語法則を説明していく。とても説得的で、日本語の面白さを堪能することができる。
丸谷才一『文学のレッスン』(新潮選書)新潮社の『考える人』に連載されたときに読んでいるが、一冊にまとめられたので改めて読み直した。この人の書いたものは、どこか性にあってほとんど目を通してきたし、ずいぶん影響も受けている。説教や論文に引用したことも再三あるし、今でも本棚からエッセイ集を取り出して再読することがある。数年前亡くなり、もうこの人の書いたものを読むことができないのは、なんとも寂しい。柄谷行人の言う「近代文学の終わり」とも重ねあわせて、いろいろ考えさせられた。
井上ひさし・永六輔・小沢昭一『この日、集合。独話と鼎談』(金曜日)今から約10年前、200653日の憲法記念日に、紀伊国屋ホールで、矢崎泰久のプロデュースで、この三人が憲法について発言したドキュメント。憲法改正をめぐるこの10年の経緯と変化を改めて考えさせられた。特に「昭和天皇は人間宣言したんだから、早く人間にしてやるのが私たちの任務」という永六輔の主張は、現天皇の生前退位の意志表明を予測したような発言ではないか。(戒能信生)

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