2017年9月16日土曜日


牧師の日記から(127

 910日(日)主日礼拝。北支区交換講壇で、私は江古田教会へ。千代田教会には上林順一郎先生が来てくれる。江古田教会は、歴史から言っても、規模から見ても千代田教会と共通点が多い。戦前日本基督教聯盟の指導者だった海老澤亮牧師が自宅を開放して開拓伝道を初め、長男の宣道牧師が跡を継いだ教会。次男の有道先生は日本キリスト教史研究の大先輩にあたる。礼拝後、カレーライスを頂きながら、短い時間ではあったが教会員の皆さんと交流することができた。

11日(月)少し時間的余裕ができたので、日本キリスト教史関係の論文集でもまとめようかと考えていたら、知人や友人から、この間、各教区の教師研修会での講演や、あちこちに書いていた宣教論をまとめて刊行してほしいという要望が寄せられていた。新教出版社の小林望社長に相談すると、是非出したいということで、講演の記録などの整理を始めた。しかし何分統計資料が古くなっているし、講演の文体を読むための文章に直さなければならず、全面的に書き改めなくてはならないようだ。この秋は、その作業に追われることになる。この日から日本聖書神学校の授業が始まるので、夜は始業礼拝に出席し聖餐にあずかる。

12日(火)一日書斎で仕事。夜は、早稲田教会での山口里子ゼミに参加。ルカ福音書141623の「断られた食事会」について学ぶ。宴会への招待を直前に断った人々は、そうすることによって招待主を侮辱したのだ。そして主人は、道にたむろする無産者たちを招いて楽しんだという譬え話。2014年にノーベル平和賞を受賞した人権活動家カイラシュ・サティヤルティに、これと全く同じ経験があったという。アウト・カーストの人たちの宴会に招かれた政治家たちがやはり直前に断って来たたという。しかし泣きながら一人で食事を食べたサティヤルティさんに、不可触民の女性が「私たちの作った食事をあなたは食べた。私たちは勝ったのです」と語りかけたという。まるでイエスの譬え話の現代版だ。

13日(水)聖書を学ぶ会で民数記を学ぶ。旧約最大の躓きとされるあの人口調査の数の列記にどのような意味があるのだろうか。おそらくカナン定着後、各部族に土地を配分するための人口調査が背景にあるのだろう。2章に記されている各部族の配置図と、各部族の実際の居住地には何らかの対応関係があるようだ。

14日(木)昼前からキリスト教会館に行き、NCAの仕事。2時から連続講座「日本キリスト教史を読む」の第4回で植村正久を取り上げる。受講者が30人を超え、部屋が一杯になった。夜は市川三本松教会を訪ね、外谷悦夫牧師と浦安教会の後任牧師選考の打ち合わせ。19日の午後、緊急に招聘委員会を招集して推薦することとなった。その後、近くのイタリアン・レストランで食事をし、いろいろ話し合う。特に同胞教会関係の資料の共同研究を始めることになった。

15日(金)一日書斎に閉じこもって、『クリスチャン新聞』創刊50年記念号の原稿と『キリスト者平和ネット』の連載コラムの原稿書きの仕事。なかなかはかどらない。『時の徴』の校正も届き、忙しくなって来た。(戒能信生)

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