2018年1月6日土曜日


牧師の日記から(143)「最近読んだ本の紹介」

フェルディナント・フォン・シーラッハ『コリーニ事件』(創元社推理文庫)新任弁護士の主人公が初めて引き受けた国選弁護事件は、自分が少年時代に世話になった財閥の総帥が殺害された事件だった。イタリアからの移民労働者の犯行で、犯人は犯行の事実を認めたものの、動機については頑強に供述を拒否する。やがて主人公の執拗な調査によって、加害者・被害者の過去が明らかになる。第二次世界大戦末期、イタリアでパルチザンによるテロ活動への報復として数十人を処刑した責任者が被害者であり、殺されたパルチザンの息子が犯人だったのだ。残酷な殺人事件は、こうしてナチスの戦争責任を問う法廷劇へと一変する。しかし戦争犯罪への追及を続けてきた戦後のドイツで、その財閥の総帥の罪がこれまで問われなかったのは何故か。そこに1968年に成立した小さな法律の存在があった。命令を受けて執行した者は、幇助者として時効の対象になる、と。その結果、その財閥の総帥は刑事訴追を免れたのだった。つまりドイツの法律では、ヒトラーやヒムラーのように命令した者の責任は問えるが、それに従った者の責任は法律的に問えないというのだ。犯人は、法的に責任追及が出来ないと知って、自ら報復したのだった。しかし「死者は復讐を望まない、望むのは生者だけだ」という言葉を残して犯人は獄中で自殺し、法廷は突然終結を告げる。読む者は改めて戦争責任を問うことの意味を考えさせられる。著者のシーラッハ自身著名な法律家で、これまでも独特なテイストの法廷小説を書いて来たが、ナチスの戦争責任には触れて来なかった。実はシーラッハの祖父は、ナチスの青年指導者として知られる有名な政治家で、戦後その責任を問われ20年の禁固刑を受けている。そのような出自を受けた著者自身が初めてナチスの戦争責任を問うこの短編を書いたことの重さを考えさせられた。

松本猛『いわさきちひろ 子どもへの愛に生きて』(講談社)童画家いわさきちひろの絵は何度も見てきた。そしてその夫が日本共産党の代議士松本善明であることも知っていた。この夫婦の取り合わせを以前から不思議に思っていたので、長男が書いたこの伝記を読んだ。二人の愛情と真摯な生き方から感銘を受けた。

下斗米伸夫『神と革命 ロシア革命の知られざる真実』(筑摩選書)ロシア革命から100年が経過し、その歴史的な背景がようやく研究対象になってきたようだ。著者はロシア政治史の研究者だが、ロシア正教会から異端として迫害された古儀式派と呼ばれる存在が、革命とソビエト誕生の背景にあったという仮説を展開している。ロシア正教会はロシア皇帝と結びついていたが、その異端とされる古儀式派は反権力・反国家の意識を保持しつつ生き延び、19世紀初頭ロシア産業界に隠然たる勢力を持っていたという。そしてボルシェビキ革命の際、それを支援しサポートした事実が明らかにされる。事実レーニンの周辺には、カリーニン、モロトフ、マレンコフ、ブルガーニン、モロトフなど古儀式派の子息たちが数多く存在した。宗教と政治の関係を新しい視点から問うている。(戒能信生)

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