2018年2月24日土曜日


牧師の日記から(150

218日(日)主日礼拝。伝道礼拝として平松良夫先生(元・浄風教会牧師)をお招きし、ルカ福音書1516から「見つけるまで」と題して説教していただく。いつも説教壇に立たされている者にとって、聴くことはまことに幸いなときでもある。礼拝後、平松牧師を囲んで石井房恵さんが作ってくださった炊き込みご飯とけんちん汁を頂きながら、懇談の時をもった。午後4時から、日本聖書神学校のチャペルで行われた大塩清之助先生の葬儀に直子さんと一緒に出席。私にとって恩人というべき人を天に送ることに、徐々に悲しみが深まる。

19日(月)午前中、月曜会で東駒形教会へ。赤江達也著『矢内原忠雄』(岩波新書)の後半について紹介と発題の担当。矢内原は昭和12年段階で東京大学を追われ、戦時下も一貫して戦時体制に批判的な姿勢を貫いたことはよく知られている。そして戦中は公職の立場になかったこともあって、戦後は東大に復帰し、総長まで務めたこともあって、言わば戦後のオピニオン・リーダーの立場になる。したがってその天皇制理解に残された課題が十分に検証されないままとなった。言わば矢内原版天皇機関説とも言えるその天皇制理解が、戦後の象徴天皇制と結びついて理解されてきたのではないだろうか。

20日(火)午前中、神学読書会で深井智朗『プロテスタンティズム』の後半を取り上げる。駒込教会の村田重牧師が丁寧な紹介をしてくれた。出席は牧師6名、信徒3名の計9名。次回から最近岩波新書で刊行された『アウグスティヌス』を取り上げることになった。

21日(水)午前中、聖書を学び祈る会。ヨシュア記78章のアイの攻防戦とアカンの罪の箇所を取り上げる。ヨシュア記に特有の「聖絶」の思想をどう理解すべきかが難問。略奪戦争ではなく、神に献げるべきものを自らの利得にしてしまうことが厳しく断罪されているのだが、それが「聖戦」と重なって理解された。

22日(木)午後から茗荷谷の東京バプテスト神学校での集中講義。今学期の日本キリスト教史のまとめの授業。いつもはIT回線を通して受講している受講生たちも、この日は集まって一緒に話し合った。講義が終わって、打ち上げの食事会で親しく懇談する。この神学校での講義は今年度が最後と考えていたが、さらに公開講座の形で続けてほしいと依頼され困惑する。他の神学校の授業も、そろそろ後進に道を譲らなければならないと考えているのだが。

23日(金)この日は在宅日で、一日書斎にこもって来週の教団社会委員会での講演の準備。天皇の生前退位と大嘗祭の問題について、資料を整理してその問題点を取り上げる。ところがPCに問題が生じ、作業は停滞する。こういうときPC頼みの仕事の仕方を反省することしきり。2018年度の「キリスト教史を読むⅡ」の講座の案内が出来てきた。顔写真を一部入れ替えなければならないが、Gメールも不調でうまくいかない。午後、N教会の招聘委員が来訪され、後任牧師の問題ついて相談を受ける。よき後任が与えられるように祈る。(戒能信生)

0 件のコメント:

コメントを投稿