2018年4月21日土曜日


牧師の日記から(158)「最近読んだ本の紹介」

沢木耕太郎『銀の街から』『銀の森へ』(朝日文庫)朝日新聞に連載された沢木耕太郎の映画評が二冊の文庫にまとめられた。通常の映画評では取り上げられないアジアや南米の佳作が紹介されていて、連載時から愛読していた。この著者独特の切れがよく分かりやすい文章で、作品の見所を紹介してくれる。私も若い頃はよく映画を見ていた。岩波ホールにもよく通っていた。しかしいつの頃からか、映画館から足が遠のき、たまにテレビでの放映を覗くだけで、ほとんど映画を観なくなった。この映画評を通読して、隠退後にしたいことが一つ見つかった。この映画評の中から選んでDVDを借りてきて一つずつ観ていくこととしよう。

三谷太一郎『日本の近代とは何であったか 問題史的考察』(岩波新書)著名な政治学者が、明治以降のこの国の近代について、政党政治の成立、資本主義の形成、そして植民地の歴史に焦点を絞って、分かりやすく問題を整理してくれる。特に最後の章は、天皇制について鋭くその問題点を論じていて感銘をもって読んだ。最近の岩波新書は入門的なものが多くなったという印象があったが、三谷さんのこの新書は名著と呼ばれることになるだろう。専門的な学術書に劣らない質を保ちながら、それを極めて分かりやすく、読みやすく書かれている。

アーナルデュル・インドリダソン『声』(創元社推理文庫)レイキャビック警察の捜査官を主人公とするシリーズの一冊。ミステリーはその国の文化度を測るバロメータと言われる。アイスランドのミステリーを初めて読んだが、なかなか面白かった。ホテルの雑用係が死体で発見される。しかしだれもその人のことをよく知らない。捜査の結果、その人物の過去が次第に見えてくる。少年期にボウイソプラノで将来を期待されたのに、変声期に声を失って、以降無為な生活を送っていた。犯人捜しを通して、アイスランド社会の実情を垣間見ることができる。

三浦綾子『ちいろば先生物語』(朝日新聞社)教会の印刷室の書棚で見つけて目を通した。ちいろば先生とは、いうまでもなく世光教会や今治教会の牧師だった榎本保郎のこと。私も何度か講演や説教を聴いているし、直接会って言葉を交わしたこともある。この国のプロテスタント教会では珍しい霊性と知性を兼ね備えた牧師だった。三浦綾子のこの評伝は、できるだけ素の榎本保郎を描き出そうとしているようで、そこに描き出される榎本牧師の庶民性に教えられた。

シェロモ・ヴェネツィア『私はガス室の特殊任務をしていた』(河出文庫)アウシュビッツ=ビルケナウで、ガス室で殺害された遺体の処理を担当させられていたユダヤ人の証言。21歳のギリシア系ユダヤ人の若者が、1944年段階でアウシュビッツに収容され、選抜されて地獄のような任務を強制される。しかも証拠隠滅のために、特殊任務部隊の全員が処刑される運命にあり、反乱が計画された事実を初めて知った。奇跡的に生き延びた証言者は、やがて重い口を開き地獄のような経験を証言するに到る。息つく暇もなく読まされた。(戒能信生)

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