牧師の日記から(529)「最近読んだ本の紹介」
柚木麻子『らんたん』(新潮文庫)恵泉女学園の創立者河合道と彼女を支えた一色ゆりの二人を主人公に、明治から大正、昭和の時代を駆け抜けたクリスチャン女性の歩みを小説化したもの。河合道は、伊勢神宮の神官の娘として生まれたが、家庭の事情で北海道に移住し、そこで女性宣教師と出会ってクリスチャンになる。さらに新渡戸稲造の知遇を得て、その推薦で津田梅子の卒業したブリンマー女学校に留学。帰国後は津田を支えて英学塾で教師を務めるが、さらに広い活動を求めて日本YWCAの初代総幹事を担い、さらに恵泉女学園を独力で創立することになる。一色ゆりは、もともと英学塾の教え子だったが、河合道とシスターフッドの関係を保って、結婚後も終生、道を支えて共に歩む。戦時下に、道が恵泉女学園を守るために軍用機献納運動に積極的に協力した事実なども、きちんと紹介されている。さらに平塚雷鳥や市川房江、山川菊枝、久保白落実など、この国の女性運動のパイオニアたちとの交遊と緊張関係も交えて小説仕立てで読みやすく物語られる。ただ道の若き日に新渡戸を介して出会った有島武郎の亡霊が、道の歩みに批判的に登場するところなどはちょっと首を傾げるが…。戦後、マッカーサーの副官として来日したボナ・フェラーズ准将が、河合道・一色ゆりと旧知であったことから、戦争責任から天皇を除外するのに役立ったという伝説にも短く触れられている。
武田龍夫『嵐の中の北欧』(中公文庫)著者は外交官で、1930年以降の北欧四国の苦難の歴史を、外交史の観点から分かりやすく解説してくれる。フィンランドはソ連に何度も軍事侵攻され、デンマークは瞬く間にナチスに占領され、ノルウェーは国王がイギリスに亡命するものの実質的にドイツの支配下に置かれ、スウェーデンはかろうじて独立を守るが、その中立政策はドイツによって侵犯される。地政学的に大国に挟まれた小国の葛藤と苦悩が紹介される。ドイツ教会闘争の関連で、モルトケ伯とボンヘッファーが一緒にオスロに出張して反ナチ抵抗運動と連絡を取っていることもあり、特にナチスによるノルウェー占領の部分を興味深く読んだ。現在のロシアによるウクライナ侵攻の歴史的背景を考える上でもお薦めの一冊。(戒能信生)
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