2015年12月19日土曜日

牧師の日記から(37)「渡部澄彦さんのこと」
 今日のクリスマス礼拝で受洗される渡部澄彦さんのことを短く紹介します。
 今年の7月、千代田教会松野俊一牧師宛ての手紙が届き、松野先生に転送しました。折り返し先生から、渡部澄彦さんという方が受洗を希望されているので、対応するようにとの指示がありました。ご夫人に連絡をとり、8月の初めから月に一度、新浦安のお宅をお訪ねし、受洗準備を重ねて来ました。
 渡部澄彦さん(76歳)は、千代田教会員であった故・渡部之夫さんの一人息子、故・喜和さんのお孫さんに当ります。喜和さんは、御主人の央(なかば)さんと共に、若き日に熊本日本基督教会で白井慶吉牧師から受洗しています。その後、長く朝鮮の大邱で教師をされ、戦後、縁故を頼って大分に引き揚げて来て、大分教会で教会生活をされました。央さんの逝去後、ご家族は上京し、花小金井に住んで千代田教会で教会生活をするようになります。澄彦さんは、東京外語大を卒業後、旅行会社に勤め、やがて独立してビザ取得代行会社を起こし、業界でも屈指の企業に育てて多忙を極めます。しかし4年前脳梗塞で倒れ、会社も知人に譲渡してリタイアされました。現在はご夫人の英子さんの介護を受けながら、リハビリに励む生活です。お仕事に追われていた当時から、毎年永眠者記念礼拝にはご夫妻で出席され、いつかは洗礼を受けたいという願いを抱いておられたそうです。
私が澄彦さんとお会いして驚いたことの一つは、なによりよく笑うことです。脳梗塞の後遺症でお身体も不自由なのに、こんなに明るい方は稀です。天性の性格もあるのでしょうが、英子さんの懇切な介護のせいもあると思いました。以下に、澄彦さんがご自身で書いた「信仰告白」を掲載します。
        (戒能信生)

「私の信仰の告白」渡部澄彦

「私は旅行会社JTBで働いていました。50歳の時、脱サラして、ビザ取得代行の会社を起業しました。小さい時は、大分に住んでいました。御祖父さん(渡部央)はクリスチャンで、大分教会に通っていました。私も御祖父さんに連れられて、大分教会の日曜学校に通いました。キャンプにも参加したことがあります。中学三年の時、御祖父さんが亡くなり、家族と共に東京に出て来ました。御祖母さん(渡部喜和)は千代田教会に通っていました。御祖母さんと父(渡部之夫)はクリスチャンです。私は仕事が忙しくて、永眠者記念礼拝のメモリアル・デイに教会に行く程度でした。三年前、脳梗塞になり、現在は会社を整理して、戒能牧師と洗礼の準備をしています。毎日少しずつ聖書を読んでいます。私は洗礼を受けたいと思います。」

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