2016年11月24日木曜日

牧師の日記から(85)「最近読んだ本の紹介」
藤田一照・永井均・山下良道『仏教30を哲学する』(春秋社)従来の伝統仏教を10、瞑想を中心とするテーラワーダ仏教を20、そして著者たちの主唱する新しいタイプの仏教を30とする。行き詰まった伝統仏教を、南アジアの瞑想型仏教と欧米で流行っている禅を中心としたスピリチャル系の方法を重ねあわせて復興しようとする人々の問題意識や感覚を伺い知ることができる。しかしそこで熱心に論じられている「マインドフルネス」とか「青空としての私」といった言葉は、正直に言えば私にはどうもピンとこなかった。意地悪く言えば、例えばオウム真理教のような逸脱をどのように遮断するのかという問題意識はほとんど見られない。しかしこれが新しい仏教の模索の一つではあるようだ。
青木直己『幕末単身赴任下級武士の食日記』(ちくま書房)紀州藩の下級武士が幕末期に江戸に単身赴任した際に書き残した日記から、当時の食生活の実際を紹介したもの。実によく酒を飲み、旅先での名物や菓子類を盛大に食している。それにしても主人公の職務が、「膳奉行衣紋方」というのだから恐れ入る。つまり正式な衣装の着方を指導するのが仕事だったというのだ。日記の中に、この職務についての疑問や葛藤はみじんも見られない。現在でも和服の着付け教室があるくらいだから笑えないが、同時代の勤王の志士たちの意識とは大違いではある。
アン・レッキー『叛逆航路』『亡霊西域』(創元SF文庫)ヒューゴ賞やネピュラ賞など英米のSF文学賞を総なめにしたという本格SF長編小説で、アメリカの女性作家のデビュー作だという。人工知能の発達によって、人間の躯体を自由に利用できるようになった未来社会の在り様が描かれる。久しぶりにハードSF小説を読んだが、ここにも一種の行き詰まりがあるように思った。例えば原発問題に象徴されるような近代科学のアポリアの中で、未来社会の構想自体が困難になっているのはないか。それにしてもこの邦訳題名の陳腐さは何とかならないだろうか。
六角幸生『命あるかぎりボーカリスト』(小学館スクウェア)オリーブの会で「私とジャズ」を紹介してくれた渡辺均さんの歌の師匠にあたる六角さんの自伝。この国の指導的な教会音楽家だった奥田耕天の甥として、またクリスチャンで音楽一家に生まれた六角さんが、フォークグループからアメリカのスタンダード・ナンバーに惹かれて行った歩みが興味深かった。つまりビートルズやロックの方向ではなく、ペリー・コモやアンディ・ウイリアムズを介して、ジャズ・シンガーとして歩んだ人なのだ。そしてその根底に讃美歌があったというのが興味深い。

アーシュラ・ル・グウィン『ファンタジーと言葉』(岩波現代文庫)『ゲド戦記』の作者であるル・グインの自伝的エッセイ集。実はル・グインの両親は、アメリカの著名な文化人類学者で、ネイティブ・インディアンたちとの交友があった。彼女のファンタジーの根底に、そのような両親の異文明との出会いがあることを見抜いたのは鶴見俊輔さんだが、この本でも、幼少期に出会った「インディアンのおじさん」たちとの交友が紹介されている。(戒能信生)

0 件のコメント:

コメントを投稿