2017年1月4日水曜日

牧師の日記から(91)「最近読んだ本の紹介」
 沖浦和光『宣教師ザビエルと被差別民』(筑摩選書)部落史研究の大御所である著者が、晩年に切支丹研究に取り組み、これが遺作とのこと。ザビエルを初めとする15世紀末のカトリック宣教が、この国の賤視された人々に及んでいたという視点からの研究。戦国時代末期に九州を初め各地にあれほど急速にカトリック信徒が拡大した背景には、当時の仏教各宗派からも卑賤視されていたハンセン病者や被差別部落民に対して外国人宣教師たちが献身的に宣教したからではないかという仮説が展開されている。インドのゴアやマラッカなどでのザビエルたちの宣教の足跡についても現地調査されており、きわめて興味深く読まされた。
 川島貞雄『聖書における食物既定』(教文館)年末に著者から贈呈された。川島先生は、福音書研究が専門だが、若き日のドイツ留学でのドクター・アルバイトは「新約聖書における食物規定」についての研究だった。50年前に取り組んだ研究課題を、その後の研究成果を盛り込んでまとめられた。80歳を超えてのその意欲に感銘を受けると共に、励まされる想いだった。ただ専門書であるだけに通読するのは困難で、関心のある部分をところどころ摘み読みしただけ。しかし今後、食物既定についての研究は、この書物を踏まえてなされるに違いない。
川口葉子『日本キリスト教団の戦前・戦後史 教団合同・戦争責任・万博問題を中心に』(大阪大学大学院文学研究科博士論文)この論文の作成中に著者からインタビューを受けたことがあって送って来た。自分自身が取り組んできた課題が、学術研究の対象にされることに驚きと感慨がある。博士論文だけによく調べてあるが、当事者にとっては隔靴掻痒の感は否めない。自分が書いて来たキリスト教史研究も同じようなものかも知れないと考えさせられた。著者は大阪大学博士課程を卒業して、現在文化庁宗務課の研究員をされている由。
 和泉侃治『ヨハネの手紙1による使信』(キリスト新聞社)古い友人である著者が癌で亡くなった後、夫人によって刊行された説教集。実は送られて来た際ほとんど読まずに書庫に眠っていたのだが、昨年末ふと手にして拾い読みして感銘を受けた。ほとんど同世代の牧師が、聖書学の成果を踏まえつつ、牧する小さな教会(我孫子教会=千代田教会に関係の深い吉田満穂牧師が晩年出席されていた)で、教会員に真向いながら福音を語るその姿勢に共感させられた。

 加藤典洋『言葉の降る日』(岩波書店)著者と交流のあった吉本隆明や鶴見俊輔についての思い出が掲載されているので目を通した。ところがこのエッセイ集は、柳田国男が戦争末期に書いた『先祖の話』の問題意識を、批判しつつ継承しようという意図から編集されており、文学評論としては太宰治や井伏鱒二、江藤淳、三島由紀夫等の生死観に触れられている。さらにその背景には、著者の息子さんの事故死があるとのこと。個人の死に徹底的に寄り添うことが、ヤスクニ神社などの国家によるマッチョな物語に回収されない固有の物語を編み出していくという提案を含んでいる。(戒能信生)

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