2018年8月4日土曜日


牧師の日記から(173)「最近読んだ本の紹介」

加藤浩子『バッハ「音楽の父」の素顔と生涯』(平凡社)バッハの評伝はいろいろあるが、この小さな本はバッハが実際に暮らした諸都市、生地であるアイゼナッハから始まり、ミュールハイゼン、ヴァイマール、ケーテン、ライプツィヒなどでの実際の生活に沿ってバッハの生涯とその音楽活動を紹介している。最近の研究の成果も踏まえて、改めて「音楽の父」バッハを多面的に描き出してくれる。17世紀から18世紀の時代のザクセンの政治状況、ルター派の実情、教会と礼拝の実際、そしてオルガン事情、職人として音楽一家であったバッハ一族の紹介、さらに最後には主要なディスクガイドまで、至れり尽くせりの新書。最近発見されたオルガン曲や、バッハ後のオルガンの改変など、初めて知ることも多かった。私はバッハの音楽の集大成はマタイ受難曲だと思い込んでいたが、著者はロ短調ミサ曲を最も評価している。昔何度か聴いたことがあるが、CDをもっていないので荒井眞さんに借りることとした。この夏の楽しみではある。

ヘニング・マンケル『ピラミッド』(創元社推理文庫)スウェーデンの推理小説。マイ・シューヴァル、ペール・ヴァ―ルの刑事マルティン・ベック・シリーズが1960年代のスウェーデン社会の変化を刑事ドラマの視点から描いていた。マンケルはその跡を継ぐように、刑事ヴァランダー・シリーズで1980年代以降の北欧社会の変容を、田舎警察の日常から描いている。一昨年著者が亡くなり、もうマンケルの作品を読めないかと思っていたら、若き日の刑事ヴァランダーを主人公とする短編・中編を集めたこの文庫が出たので、楽しみながら読んだ。この国でもかつて松本清張や水上勉などは、戦後日本の社会の実情を巧みに描き出していたのに、最近の推理小説にはこういう社会批評的な作品が見当たらないのはどうしたことなのか。

由木康『私の内村鑑三論』(教文館)この秋、神学校の講義で由木康を取り上げるので、改めて日本聖書神学校の図書館から由木先生の著作を5冊ほど借り出して読み直している。この本は、内村鑑三と賀川豊彦を日本キリスト教史上の二人の天才として比較検討していて興味深い。戦前、一つの教派に属さず、単立教会の牧師として活躍した著者(戦後は日本基督教団に所属した)は、ホーリネスの出身でありながら、関西学院に学び、フランス語を独学してパスカルの翻訳・紹介者として知られ、さらに礼拝学のパイオニアでもある。同時に21-280番「馬ぶねの中に」など讃美歌作詞でも知られ、現行の讃美歌21の中でも日本人としては最多の10曲が収録されている。多面的な活躍をした牧師で、偉大な常識人でもある。この夏はこの由木康の著作を読み続けることになる

 矢部太郎『大家さんと僕』(新潮社)羊子が買ってきた手塚治虫文化賞を受賞したマンガ。稚拙な画ながら、87歳の大家さんと店子とのほのぼのした交流を描く。売れない芸人である著者の悲哀とユーモアが面白かった。(戒能信生)


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