2018年8月18日土曜日


牧師の日記から(175)「最近読んだ本の紹介」

『須賀敦子全集 別巻』(河出文庫)須賀敦子の書評対談や鼎談を集めた『全集』別巻が文庫化されたので目を通した。その多くがラジオやテレビで収録したものを文字化しているので、言わば著者の肉声に触れることができる。池澤夏樹、向井敏、川本三郎、三浦雅士、丸谷才一といった名だたる読書家を相手に丁々発止のやり取りが痛快でもある。日本の文学者の中でキリスト教、特にカトリシズムの理解者は少ないので(遠藤周作さんなどのカトリック作家とは違った意味で)、須賀さんのような存在が用いられたのだろう。

ジェイムズ・リーバンクス『羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)石井桃子が翻訳して紹介した『ピーター・ラビットの絵本』の作者ビアトリクス・ポターは、その晩年湖水地方に牧場を求め、羊の品種改良家として知られていたという。その湖水地方で、600年以上続く牧羊者の家に生れ、今もなお先祖伝来の羊飼いとして生活している著者が、羊飼いの暮らしの四季を紹介したもの。著者は中学しか出ていないが、20歳代になって本を読むようになり、村の成人学校に通って学力をつけ、薦められてオックスフォード大学に入学する。しかし卒業後、再び羊飼いの生活に戻り、かたわらユネスコ世界遺産のアドヴァイザーをしているという。昔ながらの羊飼いの生活が生き生きと紹介されていて面白かった。しかし学歴社会から一度ドロップ・アウトしても、再学習する機会が備えられていることが羨ましい。しかも著者は、経済的には不利な羊飼いの生活に誇りをもって戻るところに改めて感銘を受けた。

宮脇淳子『日本人が知らない満州国の真実』(扶桑社新書)満州ものの一冊。現在でも「理想の国」として満州帝国をノスタルジックに追想する書籍があまたあるが、言わばその集成版と言える。日清・日露戦争以降の日中の歴史を辿り、日本の満州支配は必ずしも悪いことばかりではなかったと主張する。いわゆる「自虐史観」批判なのだが、当時の日本人たちの満州理解や考え方をそのまま紹介してくれているので、参考にはなる。

望月衣塑子・マーティン・ファクラー『権力と新聞の大問題』(集英社新書)安倍政権のマスコミ・コントロールの実態を徹底的に暴露して批判している。著者の望月さんは、東京新聞の政治記者で、官房長官の記者会見でしつこく質問するので有名になった女性。片やファクラー氏はニューヨーク・タイムズ東京支局長だったジャーナリスト。最近のテレビのニュース番組の解説者の中で、明らかに首相官邸からリークされた情報をもとに政権寄りの解説をするジャーナリストがいる。また『産経新聞』や『読売新聞』も同様の論調の記事が多い。この本でもアクセス・ジャーナリズムの必要性を認めながら、その危険性を様々な具体例で指摘している。特にこの国のテレビ局が政府寄りになっている現状が、トランプ政権を批判するアメリカのジャーナリズムと対比される。新聞が売れなくなっている現在、ジャーナリズムの危機は相当に深刻だと思わされた。(戒能信生)

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