2022年9月4日日曜日

 

牧師の日記から(382)「最近読んだ本の紹介」

鶴見俊輔『「思想の科学」私史』(SURE)戦後まもなく鶴見俊輔は信頼する友人たちと同人誌『思想の科学』を始め、何度かの中断を挟んで1996年まで続ける(通巻526号)。その歩みの中で出会った人々についての回想が綴られている。編集や刊行の苦労、特に財政的な負担などについても触れられているが、なにより『思想の科学』に関わった多数の人々の群像が描かれていて興味深い。よく知られた学者・研究者もいるが、全く無名の市民たちも混じっている。「この会ができてから65年、だれ一人除名することなく続いて来た。それがこの会の特色だと思う」と書かれているのが印象的。『思想の科学』とは比べものにならないが、私自身も同人誌『時の徴』をもう45年も続けている。最初は6人の同人で隔月刊で始まったが、間もなく季刊になり、この9月に発行される最近号で165号になる。毎号、1000部ほど印刷し、500名前後の購読者に支えられている。最初の同人の内4名は亡くなって次々に補充されているが、購読者でも亡くなったり高齢のために購読を中止する人も出て来た。しかし常に新規の購読者が与えられ、一度も赤字になったことがないのが秘かな自慢と言える。

鶴見俊輔『日本の地下水 小さなメディアから』(SURE)鶴見俊輔という人は、あらゆる印刷物を読むので知られる。その範囲は、文学や哲学の領域に留まらず、市民運動のサークル誌や様々なグループの小さな機関誌などにも及ぶ。その多くは、ワラ半紙にガリ版刷りの小冊子だったという。本書には『思想の科学』に連載された「日本の地下水」というコラムに著者が「小さなメディア」から拾い出した文章が紹介されている。キリスト教関係では、「戦争責任告白」を発表したことで知られる鈴木正久牧師の葬儀で配られた小冊子が紹介されている。また教団総幹事だった中嶋正昭牧師の母上・中嶋静恵さんが発行していた『野幌便り』や『ルソンの山々』も。いずれも戦争の経験と記憶を、戦後の歩みにおいて残した人々だった。

鵜飼秀徳『仏教の大東亜戦争』(文春新書)仏教界の戦争責任の問題は今なお一種のタブーとなっているそうだ。この新書は、自ら浄土宗の住職でありジャーナリストである著者が、仏教界の戦争協力の実態とその歴史を、明治初頭の廃仏毀釈から辿っている。キリスト教界会と並行する事象もあるが、仏教特有の課題も挙げられていて勉強になった。植民地支配の拡大と共に、仏教各派も海外布教に乗り出し、台湾、朝鮮、そして満州に積極的に布教使たちが派遣されている。そこでは「皇道仏教」とも言うべきナショナリズムと一体化した問題が指摘されている。また戦時下の金属供出で、各寺院の梵鐘や仏具まで供出させられたという。

小山哲・藤原辰史『中学生から知りたいウクライナのこと』(ミシマ社)ウクライナ戦争が始まって、改めてウクライナの歴史が注目されている。京都大学の関係者が、それぞれの研究領域の識見からウクライナの複雑な歴史と現在の問題を分かりやすく解き明かしてくれる。(戒能信生)

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