2022年9月10日土曜日

 

牧師の日記から(383)「最近読んだ本の紹介」

鶴見俊輔『もうろく帳 後編』(SURE)鶴見俊輔が79歳から93歳で亡くなる直前までの手帳に記された断片的な覚え書きを書籍化したもの。著者最晩年の記録でもある。自分の「耄碌」を直視しながら、しかし明晰さと知的関心をもち続けた様子が伺える。印象に残った言葉は、例えば「自分にとって受けいれられる負けへの道、をさがす」「負け戦を最後まで残ってたたかった人には、おちつきがある。栗本鋤雲、島成郎」「私は若いときから老人を馬鹿にしたことがない。だから、今、自分が老人になっても、私は自分を馬鹿にしない」等々。もうすぐ後期高齢者に突入する私自身を励ましてくれる。石原謙、井上良雄、隅谷三喜男といった私の先生と言うべき大先輩たちも、身体は衰えても最期まで明晰さを失わなかった。

小島英俊『世界鉄道文化史』(講談社学術文庫)私は「鉄道オタク」ではないが、人並みに鉄道とその歴史には関心をもっている。そういう者のための格好の入門書。鉄道の歴史は産業革命から始まる。その意味で、鉄道は近代の歴史を縫うように発達して来た。この国で「定刻主義」が定着したのも汽車が定刻通りに運行されてからだという。この文庫は、鉄道に関わるありとあらゆる蘊蓄が披露されており、楽しんで読んだ。例えば、工業デザインも鉄道の発達とともに洗練されて来たという。煙草Pieceの「鳩がオリーブの葉を咥えた」デザインがアメリカ人のレイモンド・ローウィだということは知っていたが、彼はもともとアメリカ最大の鉄道会社ペンシルヴァニア鉄道のデザイナーで、流線型の列車を設計したという。こういう類の蘊蓄が、鉄道黎明期から、植民地支配と二つの世界大戦でどう利用されたかを、現在のリニア新幹線に至るまで次々に披瀝されるのだ。

ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』(創元社推理文庫)パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』は映画で見ただけだ。しかしこの本が、ソ連では刊行されず、海外で刊行されてノーベル文学賞を受けたことは知っていた。その『ドクトル・ジバゴ』が書かれた事情と背景、作者とその愛人に対するKGBの圧力、さらにこの本をロシア国内に持ち込もうとするアメリカⅭIAの策謀を、女性の視点からドキュメンタリータッチで描いている。ちょっと盛り込み過ぎの感もあるが、興味深く読んだ。

佐藤優・池上彰『真説・日本左翼史』『激動・日本左翼史』『漂流・日本左翼史』(講談社現代新書)名だたる論客の二人が、戦前から現在に至るまでの左翼の歴史を対談形式で分かりやすく解説してくれる。それは客観的な分析と言うよりも、著者たちの学生時代からの実際の経験に基づく主観的な観方が披瀝される。そこから、現在の野党の無力さの背景には、社会党や共産党、そして新左翼を含めた左翼勢力の混迷と迷走に原因があるとされる。この国に健全なリベラル政党が育たなかった背景を、左翼史から逆照射しているのだ。貧富の格差が拡大して来た今、改めて左翼の結集と対抗勢力としての存在意義が求められているというのだ。(戒能信生)

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