2023年8月19日土曜日

 

牧師の日記から(431)「最近読んだ本の紹介」

上田光正『カール・バルト入門』(日本キリスト教団出版局)バルト神学の入門書として執筆したという。著者から贈呈されたので目を通したが、驚いたことに、第一次大戦に呼応するハルナックを初めとする神学者たちに対するバルトの決定的な批判と対峙についてどこにも触れられていない。さらにナチス政権下のドイツ教会闘争や、「バルメン宣言」を通してのバルトの神学的寄与についてもひと言も触れられない。すなわち神学者バルトが実際に何をしたか、時代の中でどのように生きたかを全く取り上げず、ただその神学理解のエッセンスと『教会教義学』の構造だけを整理してまとめている。これはこれで一つの立場なのだろうが、まさしく「状況捨象の神学」と批判されてもしょうがないだろう。しかしバルト神学がこのような仕方で読まれてきたことも事実。そこにこの国の神学的課題があるとも考えさせられた。ただ著者が、隠退後もこのような仕事を続けていること自体には敬服する。

小野寺拓也・田野大輔『ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波ブックレット)歴史相対主義の流れに沿って、Internetなどでナチスを再評価する動向が見られるという。本書は、それを歴史学の立場から徹底して批判する。すなわち、ナチス政権下で奇跡的な経済復興が実現された、高速道路アウトバーンを建設した、先進的な環境保護政策を実施したといった様々な言説を一つ一つ丁寧につぶしていく。煙草追放のキャンペーンや動物愛護のポスターも例として取り上げられている。そのような一見「よいこと」の裏で、ユダヤ人絶滅計画や障碍者の安楽死が推し進められていたのだ。これは、現在の世界の動向と無縁ではない。私たちが歴史から学ぶということの意味を改めて考えさせられた。

内田宗治『関東大震災と鉄道』(ちくま文庫)関東大震災100年を覚えて、震災関係の様々な書物が刊行されている。これもその一つ。鉄道を中心に震災の被害がどれほど大きかったかをつぶさに伝えてくれる。さすがに国鉄だけあって、当時の駅舎や線路の被害状況が克明に写真記録として残されていることに驚く。最も直接的な被害が大きかったのは、東海道線根府川駅の大惨事で、たまたま通過していた東京駅発真鶴行きの普通列車が、激震による「山津波」で、列車ごと、駅舎も線路も海へ転落したのだ。370名余の乗客のうち奇跡的に生存したのは31名とされる。その他、横須賀線や総武線、常磐線などで地震の発生時に走行中だった125本の列車の被害状況が詳細に紹介される。東京駅や上野駅の震災時の状況、直後の火災による被害、その他、線路や橋梁、トンネル、駅舎などの被害も、写真付きで掲載されている。震災後の避難列車がしばらく無賃で運行された事実や、その後の復旧の様子も。改めて次の関東大震災の時、さらに複雑化した首都圏の鉄道にどれほどの被害が出るかを予想させるに十分ではある。(戒能信生)

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