2023年8月5日土曜日

 

牧師の日記から(429)「最近読んだ本の紹介」

柄谷行人『世界史の構造』(岩波書店)『トランスクリティーク』で提示した交換様式による社会構造の把握を、さらに世界史の構造にまで拡大して展開する。中でも旧約聖書を取り上げて普遍宗教の成立を論じた部分が圧巻。ユダ王国がバビロニア帝国によって滅ぼされとき、捕囚の民は神を廃棄せず、神の裁きとして受け容れた。すなわち神と民との互酬関係を越えたところに普遍宗教が成立し、その経験からイスラエルの全歴史を再解釈する旧約聖書の信仰理解が生れたとする。ウェーバーの『古代ユダヤ教』と、フロイトの『モーセと一神教』を大胆に読み換えて、柄谷の交換様式に統合する。この普遍宗教はイエスによって引き継がれ、キリスト教として成立するが、ローマ帝国の国教化によって変質してしまう。しかし「普遍宗教は、普遍性と特殊性の矛盾を絶えず意識しつつあることによって普遍的であり得る」とする柄谷は、交換様式Dの世界の可能性、すなわち国家と資本の支配を揚棄する普遍宗教のイメージをXとして提示する。終章で、カントの「世界共和国」の理想を、現在の国連に当てはめて抜本的改革を提起している。国家や資本の支配は執拗に続くが、既にWHO(世界保健機構)のようにそれを越える可能性を国連は秘めているとする。柄谷の思想展開は、現実政治の向こう側への希望を放棄しない。アメリカやドイツの神学者たちが柄谷の交換様式論に関心を示しているのに対して、この国の神学者がこの柄谷行人の議論に応答しないのは情けないと言う他はない。

ローラン・ビネ『プラハ、1942年』(創元社推理文庫)ナチス政権の時代に、侵攻したチェコに総督として赴任したナチ高官ラインハルト・ハイドリヒが、亡命政権から派遣された二人の若者によって暗殺される。ヒトラーはパルチザンとプラハ市民に対して残虐な報復をする。この歴史的事件に関わる断片的な資料を収集し、それを歴史小説仕立てにした作品。ハイドリヒが、親衛隊保安部長としてヒトラー暗殺計画に加わる国防軍諜報部とライバル関係にあり、雨宮栄一先生の『反ナチ抵抗運動とモルトケ伯』にも登場するので関心をもって読んだ。

高橋沙奈美『迷えるウクライナ 宗教をめぐるロシアとのもう一つの戦い』(扶桑社新書)ウクライナ戦争が始まって、俄かにロシア正教とプーチン政権との癒着が注目されている。一方でウクライナ正教は、プーチンを支持するロシア正教に距離を取り、対立と緊張が続いている。ロシア正教についての研究者である著者が、その複雑な歴史を解説してくれる。東方教会は、歴史的に国家と強固に結びついてきたが、それは同時にナショナリズムと宗教との密接な関りを前提としている。それがウクライナ戦争では真っ二つに破断してしまった。正教会のこれからの歩みはどうなるのかという深刻な問いが提示されている。(戒能信生)

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