2023年9月2日土曜日

 

牧師の日記から(433)「最近読んだ本の紹介」

リチャード・エヴァンズ『歴史学の擁護』(ちくま学芸文庫)イギリスを代表する近現代史研究者が、この間の歴史学をめぐる議論を整理してくれる大著(文庫本で500頁を越える)。レオポルト・フォン・ランケによって厳密な文献学による近代歴史学を確立され、それに社会学的な観点を加えたEH・カーの『歴史とは何か』が教科書的な位置を占めてきた。しかし1980年代以降、ポスト・モダンの時代になると、「脱構築」をスローガンとして従来の歴史観や固定観念に捉われない新しい歴史の見直しが提唱されるようになる。それが歴史相対主義を促進し、例えばナチズムが再評価されたり、極端な例ではホロコーストはなかったという言説までが一人歩きするようになる。このような傾向に対して、著者はポスト・モダニズムのアプローチの有効性を一定程度認めつつ、改めて「歴史学の擁護」を主張している。この本で紹介されているこの間の歴史学をめぐる議論に、いくつも思い当たるところがあった。実は、ある学生の論文指導を頼まれて知ったのだが、ミッシェル・フーコーの「ヘテロトピア」という概念を用いると、従来否定的に評価されてきた植民地支配なども、別の意味合いで再評価できることになるという。例えば、この国では満州帝国の樹立に「五族協和の理想」を求める歴史観が根強く残っているが、フーコーの理論を用いればそれを正当化できることになるという。そのような危険性を自覚しつつ、歴史から学ぶ姿勢を整えていく必要があるようだ。

及川琢英『関東軍 満州支配への独走と崩壊』(中公新書)日露戦争後の満州の権益を守るために駐屯部隊が設置され、やがてそれが関東軍として位置づけられた。その関東軍の誕生から敗戦による崩壊までを、軍事史の観点でまとめている。特に張作霖爆殺事件に象徴されるように、出先機関の謀略がどのように進められ、東京の政府と参謀本部がそれに引きずられ、ずるずる追認していった果てに太平洋戦争に至る経緯を改めて突きつけられる。もはや「新しい戦前」と言うよりも、「戦争が廊下の奥に立っていた」(渡邊白泉)と観るべき時代ではないだろうか。

最上光宏『命に通じる道』(新教出版社)隠退された最上牧師の小さな説教集が送られて来て目を通した。「山上の説教」や「主の祈り」の講解を読みながら、学ばされることが多かった。なにより分かりやすく、読みやすい。練達の説教者の模範のような説教集だが、今一つ物足りなさを覚えるのは、こちらがまだその境地に達していないせいだろうか。

トーマス・レーマー『ヤバい神』(新教出版社)旧約聖書にある不都合な記事(残忍な神、戦争や復讐を鼓吹する神、性差別的な表現等々)がどのような歴史的経緯で書かれたかを聖書学的に解説してくれる。「弁解するためではなく、より深く理解するための手がかりを提供」することが目的とされていて、大いに興味をもって読んだ。(戒能信生)

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