2023年9月24日日曜日

 

牧師の日記から(436

鈴村裕輔『政治家 石橋湛山』(中公選書)戦前、「東洋経済新報」に盤踞して「小日本主義」を唱え、植民地の返上を主張した反骨のジャーナリスト石橋湛山のことはよく知られている。湛山は、その激越な主張にもかかわらず、戦時下において一度も逮捕されず、それどころか敗戦時まで大蔵省などの政府委員を務めている。激突型ではなく、粘り強い抵抗の実践者だったとされる。しかし本書は、戦後政界に活動の場を移して以降の石橋の活動を取り上げる。GHQによる公職追放に遭いながら、吉田茂内閣の大蔵大臣を務め、鳩山一郎隠退後、激烈な多数派工作によって岸信介を破って自由民主党第二代党首となり、ついに総理大臣に就任したものの、病気のため短期間(65日)で退任した悲劇の政治家の実像を追っている。従来の研究では、戦前の自由主義者湛山に比重を置くのが圧倒的に多い中で、本書は戦後の現実的な政治家湛山の実像を通して、戦前との連続性を重視している。かつての自由民主党は、この石橋湛山を党首として選ぶ度量があったのだが・・・。

カズオ・イシグロ『日の名残り』(ハヤカワ文庫)ノーベル文学賞を受賞した著者の代表作とされる小説で、生涯をイギリス人貴族に仕えた執事の回想の形式で書かれている。戦間期、親ドイツの立場で外交努力を続ける主人を、主人公の執事は支え続ける。執事職として、私心を押さえてひたすら主人に仕えたが、戦後主人は失意の中で亡くなってしまう。その後、館を受け継いだアメリカ人実業家の好意で、休暇をもらって旅をする中で、主人公の執事は自分の生涯を振り返る。執事の品格に拘るあまり、自分を押し殺し、慕う女中頭の心情も顧みなかった生涯が悔恨を交えつつ淡々と語られる。こういう仕方で、イギリスの貴族社会の没落が描かれるのだが、巧みな構成と文体に感嘆しながら読了した。そして改めて日本の国のこれからのことを考えさせられた。政治家を初め多くの人が、高度経済成長期のこの国の再興を夢見ているようだが、そろそろダウンサイジングしていくこの国の在り方を考えるべきではないだろうか。世界の海を制覇したオランダが、そしてイギリスが、産業革命を経てやがて経済的に凋落し、その文化的遺産を保ちながらその後の在り方を模索する姿勢から学ぶ必要があるのではないだろうか。

マイケル・コナリー『正義の孤 上下』(講談社文庫)ロサンゼルス市警の刑事ハリー・ボッシュを主人公とするシリーズの最終刊?市警をリタイアしたボッシュが、未解決事件捜査班にボランティアとして招かれるところから始まる。そして二つの難事件を解決した後、主人公の癌が再発して余命幾ばくもないことが暗示されて終る。このシリーズが始まったのが1992年で、つまり私はおよそ30年間このシリーズを読み続けてきたことになる。同世代の作家が次々に亡くなっていく中で、このシリーズが続いていることを楽しみにしてきたのだが…。(戒能信生)

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