2023年11月11日土曜日

 

牧師の日記から(443)「最近読んだ本の紹介」

鷲巣力『加藤周一を読む』(平凡社ライブラリー)著者は、編集者として終生加藤周一に寄り添い、加藤周一の蔵書を元に設立された現代思想研究センターの責任を担っている。本書は、岩波書店から刊行された『加藤周一自選集』の解説に大幅に加筆して、この稀有な知識人の全作品を通してその生涯を追っている。私は加藤周一の良き読み手ではなかったはずだ。『羊の歌』や『日本文学史序説』、『日本人の死生観』には目を通しているが、朝日新聞に折々に連載されるコラムを読むくらいで、フランス、カナダ、ドイツなどの各大学で教えた戦後日本を代表する知識人としての理解しかなかった。しかし高校生の頃、弁論部の顧問と相談して、部費で『朝日ジャーナル』を購読していた。そこに加藤周一の自伝小説『羊の歌』の連載が始まったのだ。高校生の私にどこまで読み取れたか覚束ないが、それでも毎週熱心に読んだことは覚えている。それは、それまで読んできたものとは全く異質の印象だった。本書で『羊の歌』の文体が詳細に分析されているが、自分が無意識のうちにこの人の文章から影響を受けていることを改めて実感した。

沼田和也『弱音をはく練習 悩みをためこまない生き方のすすめ』(KKベストセラーズ)同じ北支区の王子教会の沼田和也牧師が、生きづらさを抱えて相談に来る人々との出会いを紹介したエッセー集。前著『牧師、閉鎖病棟に入る』でご自身の発達障害と向き合う経験を紹介していたが、本書でも著者自身の引き籠もりの経験やいくつもの失敗や挫折が率直に吐露されている。読んでいて、牧会カウンセリングの現場に立ち合うような印象がある。ところどころに聖書の言葉が引用されているが、通例の建徳的な解釈ではなく、著者自身の実感からの疑問や問いが投げかけられる。あとがきの最後に「危険と紙一重の密室へ、ようこそ」と結ばれているのが印象的。

大江健三郎『親密な手紙』(岩波新書)著者の最晩年に、岩波書店のPR誌『図書』に連載され随筆に手を入れて死後出版された。連載中に何篇かには目を通しているが、久しぶりに大江さんの文章に触れて、感慨深かった。障害を負う光さんやご家族との日々、友人たちとの交友や幅広い読書体験の中からのエッセーは、心に響くものがある。その独特の文体にはいつもながら引っかかるが、しかしそこからこちらの思索へと誘われる。あのゴツゴツした文体は、日本的な情緒や心情を峻拒する独自のものだが、このエッセー集にそれが端的に出ていると感じた。

田中澄江『夫の始末』(講談社)印刷室に松野俊一先生の寄贈図書として並んでいた。小説仕立てで自らの歩みを振り返る自伝小説と言える。87歳の女性作家が、夫との生涯を率直に振り返っている。著者はカトリック徳田教会の信徒で、友人のルイ神父が、指紋押捺を拒否して再入国不許可になり、それを訴えた裁判に協力してくれた。(戒能信生)

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