2018年6月16日土曜日


牧師の日記から(166

610日(日)この日は教会学校の花の日子どもの日礼拝で、生徒たちが教会の前にあるケアハウス「ミモザの家」にお花を届けて喜ばれた。主日礼拝ではⅠペトロ書211-17の講解説教「神の僕として生きよ」。「皇帝や総督に従いなさい」という悪名高い箇所。しかし注意深く読むと、そこでは皇帝や総督の権威を神格化したり絶対化しているわけではない。クリスチャンが「悪人」(原文からの直訳は「犯罪者」)呼ばわりされている当時の社会において、「善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じること」が大切だと勧められている。

11日(月)午前中、梅雨の雨の中を東長崎ウェスレー教会での北支区教師会に出席。新任教師の歓迎会。帰宅して準備してから、夜は日本聖書神学校の授業。この日は植村正久について学生たちのリーディング・レポート。図書館に『キリスト教文化』の最近号が届いていたので目を通す。この号の「特集 戦時下の教会」に原稿を依頼されたのだが、時間がなくて断ったのだった。この号に韓国の神学者・李元催氏の論考「30年の時を経た今、韓国で『神の傷みの神学』が再び読まれる」が掲載されている。セウォル号沈没事件と朴槿惠政権の崩壊という文脈で北森神学を批判的に再評価をしている。なかなか興味深い論文だった。

12日(火)朝から書斎に籠もり、来週の講演の準備。夜は、久しぶりに早稲田教会での山口里子ゼミに出席。里子さんの推測では、イエスは生活言語であるアラム語だけでなく、ギリシア語も、それからヘブライ語もサバイバル言語としてある程度まで話せたのではないかという。「神の国は近づいた」という言葉のギリシア語eggikenが別系統の資料であるマルコとQの双方に共通し、しかもアラム語にはその完了形の表現がないので、イエス自身の言葉に遡る可能性があるというのだ。これは新しい知見でいろいろ考えさせられた。

13日(水)午前中聖書を学ぶ会。士師記17-18章のダン族の土地取得に関する古い伝承を取り上げる。アモリ人とペリシテ族の圧迫によって土地を追われたダン族が、はるか北方のライシュに移住するエピソード。まるで武装移民のようで、部族連合と言われる時代の実相を伝えているのではないか。

14日(木)昼前から西早稲田のキリスト教会館でNCAの事務仕事。午後連続講座「キリスト教史を読むⅡ」の2回目でホーリネス教会の創始者中田重治を取り上げる。30名ほどの参加者。教会からも萩原好子さん、高岸泰子さんが参加してくれた。受講者の一人徳久俊彦さんから東大YMCAの古い資料を頂く。特に『東京大学基督教青年会年表 附解説』は貴重な資料で、明治期からの東大YMCAの歴史を調べるのに役に立つ。

15日(金)午前中準備をして、雨の中を農村伝道神学校の授業へ。この日は山室軍平を取り上げる。このところ鶴川までの往復の電車の中で、ル・グインの『ゲド戦記』を再読している。以前読んだときには見逃していた表現や言葉に出会って感動を新たにする。(戒能信生)

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