2023年12月2日土曜日

 

牧師の日記から(446)「最近読んだ本の紹介」

エヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』世界的なベストセラーが文庫化されたので一読。上下巻併せて800頁近くあるが、翻訳も優れていて、一気に読ませる。ネアンデルタール人を初めいくつもあったライバルを消滅させて、ホモ・サピエンスだけがどのようにして生き延び、勢力を伸ばし、この地球を支配するようになったのかの全歴史が語られる。認知革命、農業革命、科学革命などの段階を経て現在の興隆へと至るが、その後のこの地球は、そして人類はどうなるだろうと問いが投げかけられる。以前読んだジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』と共通するが、興味深いエピソード、豊富なデータと最新の科学研究の成果を重ね合わせ、説得力をもって語られる。ただ、引用されるデータが膨大すぎて、一度読んだだけでは消化し切れない。再読が必要だろう。私が興味を引かれたエピソードを一つ紹介すると、1744年に、スコットランド長老派教会の二人の牧師が、亡くなった牧師の妻や子どものために年金を支給する制度を計画した。その時彼らがしなかったことに注目せよと著者ハラリは言う。「彼らは答えを啓示してくれるように神に祈らなかった。聖書や古代の神学者の作品に答えを探すこともしなかった。抽象的な神学的義論も始めなかった。」その代わりに、統計学に詳しい数学者の助けを借りて、データを収集し保険数理表や人口統計学(これらの学問はまだなかったが、そのひな形)を駆使して、必要な拠出額を計算したという。こうして始まったのが生命保険会社で、今もScotish Widowsとしてロイズの傘下に立派に現存するという。こういう指摘とユーモア?に、本書の特徴があると言える。

山口希生『ユダヤ人も異邦人もなく』(新教出版社)最近、福音派の聖書学者たちが注目しているNPPNew Perspective on Paul)=「パウロ研究の新潮流」についての概説書。パウロ理解に重大な変更を迫る新約聖書学からの問題提起を判りやすく解説してくれる。宗教改革者マルティン・ルターが、16世紀のカトリック教会の腐敗と信仰理解(例えば贖宥状の販売)を批判する文脈で、ロマ書やガラテヤ書のパウロのユダヤ人批判、律法主義批判を引用した。それがあまりにも説得的だったために、ユダヤ教そのものが誤解されてしまったという指摘。さらに言えば、パウロが激しく論難したのは、異邦人に割礼を要求するユダヤ人キリスト者たちの主張に対してであって、ユダヤ教そのものに対する非難ではななかったとする。これらのことは、既に聖書学の世界では指摘されてきたことだが、福音派の人々にとっては従来の贖罪信仰を揺るがすことにつながるという。E.P.サンダースやジェイムズ・ダンなどの比較的穏健な聖書学者たちの貢献が大きいようだ。ただこの流れが、贖罪信仰そのものを問うことにつながるかどうかはまだ判らない。(戒能信生)

 

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