2026年11月7日土曜日

 

牧師の日記(574)最近読んだ本の紹介

山本義隆「最首悟さん追悼にかえて」友人に教えられてインターネットから探して読んだ。山本義隆は、言うまでもなく元東大全共闘議長で、現在84歳。最首悟は、東京大学理学部助手として東大闘争を担い、30年近く助手の身分のままで退職し、以降は予備校の講師をして、この2月に89歳で亡くなった。この長大な追悼文は、東大理学部学生としての二人の出会いから始まり、60年代から70年代にかけての学生運動への関わりが詳細に語られる。60年安保闘争から、大管法闘争、そしてベトナム反戦運動を経て、東大医学部紛争から全学に拡がった東大闘争への歴史が、当事者の視点から生々しく語られる。最終的には「東京帝国主義大学解体!」というスローガンに行きつくが、最首悟はあくまで東大助手に留まったまま、学問や研究の意味を自らにも厳しく問い続ける道を歩む。最首自身はこう語っている。「私の場合は『出て行ったらおしまいだ、それだと戦後の文化人と同じになってしまう。大学に籍を置きながら、大学を批判し自分を否定するんだ』と考えていました。半分は『俺は怠惰だから』と思いながら、それでも大学から出て行かない。三里塚にも水俣へも行かない。行ってはいけないんだ。そう決めていました。」その後、実際には水俣問題に誠実に関わり、そこから科学技術が及ぼす環境破壊(汎水俣病症候群)の問題へと展開し、重い障害をもって生まれたお嬢さんを育てる中で「いのち」の問題に関わり続ける。さらに2016年に起きた津久井やまゆり園事件(元職員が、重度の障碍者たち19人を殺害し、その他26人に重軽傷を負わせた事件)の被告との面会や書簡の遣り取りを通して、「いのち」こそが大切であり、人間を役に立つかどうか、有用性があるかどうかで見る優生思想を断固として拒否する姿勢を先鋭化させていく。「出て行ったらおしまいだ」という最首の言葉は、私自身の大学闘争から牧師への道を歩み始めた時の想いとどこかで共通する。東神大全共闘の大部分が教会を去る道を選んだのに対して、私自身は教会に踏み留まって、あくまで既存の教会の中で教会員と真向かいながら自らを問い続ける決断だった。それがどこまでできたのか、リタイア間際になって改めて考えさせられている。(戒能信生)

 

2026年11月8日 午前10時30分

聖霊降臨節第25主日礼拝(No.32)

             司式 柴田 朋子

黙  想         奏楽 梅本 順子

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  12

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  79・1—13

讃 歌 歌  211

聖  書  申命記7・6-8

      ヨハネ福音書15・16

祈  祷

讃 美 歌  440

説  教  「わたしが選んだのだ!」

               戒能 信生牧師

讃 美 歌  484

使徒信条  93‐4‐1A

献  金              梅本 和義                          

報  告

頌  栄  42-1(二度繰り返して)

派遣祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・戒能牧師、奏楽・梅本順子

・礼拝後、お茶の会

・らふぁえる練習

・礼拝堂の後ろに飲み物が用意されています。水分補給のためにご利用ください。

 

2026年10月30日金曜日

 

「AIに翻弄される」柴田朋子

数ヶ月前、SNS上でオペラ歌手のように歌う柴犬の動画が流れてきました。がしっと足を踏ん張った柴犬が「動かせるものなら動かしてみろ」と朗々と歌い上げる姿は、生成AIによって作られたものに違いありません。散歩の途中で突然立ち止まって動かなくなり、押しても引いても歩こうとしない頑固な柴犬の様子がよく表現されており、思わず笑ってしまいました。

2022年に登場したChatGPTを皮切りに、多数の生成AIが公開され、誰でも使うことができるようになりました。インターネット上には、AIで作られたと思われる画像や動画、文章が溢れています。最近は、ネット上の文章を読むたびに「これは人間が書いたのか、AIが書いたのか」と疑うようになりました。画像や動画を見るときも同様です。そのことに大きなストレスを感じます。AIは、人間の手による著作物や芸術作品などを大量に学習し、必要に応じてそれに類するものを生成しています。そこに人の血は通っていません。柴犬が歌う動画について言えば、何年も修練を積んだ歌手による歌や、作曲家が心血を注いで作った曲を学習したAIが、それらを模して生成したものです。それは人間の営みを掠め取って作られたものではないか、そういうものに心を動かされてなるものかと思うのです。

この数年、AIを使いこなせなければ取り残される、というメッセージを何度となく受け取っています。そのことにまったく焦りを感じないと言えば嘘になります。しかし、世界中の人がAIを使うことで、膨大な電力と大量の冷却水が消費され、環境破壊に拍車がかかるという話を聞けば、気軽にAIに「プロンプト」を打ち込むことはためらわれます。また、AIによって人間の仕事が奪われ、多数の人が失業するという予測も現実のものになりつつあります。AIが人間の幸せに資するものとは、到底思えないのです。

今年は、AIが人間の制御を離れて自律的に動き、外部のシステムに侵入するというAIの「暴走」も起こりました。この事件の報道を読んで私が連想したのはバベルの塔(創世記11章)でした。人間が自らの技術を誇り、神のように世界を支配しようとして建設したバベルの塔。生成AIは、現代のバベルの塔のように思えます。人間が自分の力を過信した結果、制御できないものを作り、取り返しのつかない破綻を招こうとしているのではないでしょうか。バベルの塔は、建設中に神が人々の言語を混乱させ、全地に散らされたので完成しませんでした。AIの開発にもブレーキがかかり、人間が人間らしく生きていく世界が保たれることを願っています。

 

 2026年11月1日 午前10時30分

聖霊降臨節第24主日(永眠者記念)礼拝(No.31)

             司式 柴田 朋子

黙  想         奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  12

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  78・40—72

讃 歌 歌  382

聖  書  詩編121・1-8

祈  祷

讃 美 歌  155

永眠者氏名朗読

説  教  「出ると入るとを守られる主」

               戒能 信生牧師

讃 美 歌  111

使徒信条  93‐4‐1A

献  金  対外献金「隠退教職ホーム信愛荘大規模改修工事のために」梅本順子                          

報  告

頌  栄  42-1

派遣祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・大森伝道師、奏楽・戒能直子

・礼拝後、「信仰の先達を覚えて」(お茶の会)

・持ち寄りランチ

・定例長老会

・礼拝堂の後ろに飲み物が用意されていま

2026年10月22日木曜日

 

子育て相談カフェ通信⑰「子どもの教会」

 はや10月も後半となりました。2年前から始まった子育て相談カフェも来年3月までで終わる予定です。そういうわけでこの通信も残すところあと少しとなりました。私は仕事柄、子どもたちや親御さんと話すことが多いのですが、何事も経験してみないとわからないことが多いと思っています。簡単そうに思っていてもやってみるととても大変であったり、逆に難しそうだと尻込みしていたけれど、やってみたら意外にそれほどでもなかったり。それと同時に人には得意、不得意というのもあります。私はどうも人前が苦手ですし、何かを同時進行で行うのが苦手だなあと昔から思っています。ちょうど子育てカフェを始めようと思った頃から、私も料理というものに取り組み始めたのですが、なかなか前に進んでいません。料理というのは食材の準備に始まり、その後調理をします。まずはそこまでが大変。それから食後の片付け、そこまで含めて料理なのだと思います。基本ができていなかった私は「塩少々」の意味がわからず四苦八苦してきました。

先日、大学時代の友人に会いました。前回会った3年前には彼は料理など全くしていませんでした。ところが、先日会ったとき、料理の話しになり盛り上がりました。1年ほど前にお連れ合いの体調不良をきっかけに料理に取り組み始めたとのことでした。そこからが夢中になって本を読み習得したそうで、初めは毎日写真に撮って頑張ったようで、今ではたくさんの料理ができるとのことでした。彼の場合は、やり始めると夢中になり、そうなると集中して取り組めるのです。ただ、そこに至るまでは何十年も全く関心を持っていなかったし、スイッチが入っていなかったのです。泊めてもらった翌朝、彼の作った朝食を食べて帰りました。苦手と思っているなかに、スイッチが入っていなかっただけというのがあるのかもしれません。やらざるを得ない状況になって、逃げることができず始めることで初めて見えてくることもあるのでしょう。私の方が早く料理に取り組んできたのに、抜きされられてしまった感じでした。

改めて、それぞれに時があるのだとも思いました。苦手だと思っていたことも、自分なりに工夫してやっていけばよいのだと思います。料理はまだまだなのですが、「塩少々」の意味がわかってきたので、伝道師としても少しずつ始めていけば良いかなと思っています。何事も少々から始まるのかなと。

(大森意索)

2026年10月18日日曜日

 

2026年10月25日 午前10時30分

聖霊降臨節第23主日礼拝(No.30)

             司式 大森 意索 

黙  想         奏楽 向山 康子

招  詞  93-1-8

讃 美 歌  11

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  78・17—42

讃 歌 歌  205

子どもの祝福         戒能信生牧師

聖  書  ヤコブ書1・19-27

祈  祷

讃 美 歌  54

説  教  「聞くこと、話すこと」

               柴田朋子伝道師

讃 美 歌  196

使徒信条  93‐4‐1A

讃 美 歌  507

献  金             石井摩耶子

報  告

頌  栄  29

派遣祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校 合同礼拝に合流

・礼拝後、バザー会場設営

(昼食 各自ホールで)

12:30 バザー開店

13:00 オルゴール演奏(岡﨑祐一)

14:00 バザー閉店(片付けと残品の梱包)

14:30 残品の東駒形教会への搬出

14:30らふぁえる練習