牧師の日記から(568)「最近読んだ本の紹介」
小塩節『銀文字聖書の謎』(新潮選書)向山功さんから勧められて一読。4世紀、ゴート人(ゲルマン民族の一支族)ウルフィラが、独力で聖書の翻訳に取り組み、40年をかけて旧新約聖書の大部分のゴート語訳聖書を完成したという。ヒエロニムスによって聖書のラテン語訳(ヴルガータ)が成立する以前のことだった。ウルフィラ(Wulf-fila=狼の子)は、ゴート族の有力な族長の息子で、母親はギリシアから略奪されて来たクリスチャンの女性奴隷。母親の影響でギリシア語を習得した彼は、初めゴート族の外交官としてコンスタンチノープルに派遣され、さらに総主教エウセビオスに見出されて、アンテイォキアに留学しキリスト教神学を学ぶ。数年後帰国に際して、総主教からゴート族の最初の司教に任命され、その後の生涯をゴート族への伝道と聖書翻訳に捧げることになる。ゴート族には文字がなく、ギリシア語のアルファベットを準用したその翻訳は、想像を絶する困難を伴った。つまり、ギリシア語聖書から別の言語(しかもまだ文字を持たない言語)に初めて翻訳されたことになる。例えばギリシア語のTheos(神)をゴート語のguth(「相談相手」という意味)と訳した。これがドイツ語のGott、英語のGodの語源とされるのだ。約100年後、東ゴート族のテオドリクス大王によってウルフィラ訳ゴート語聖書を羊皮紙に筆写した「銀文字聖書」が作成され、それが数奇な運命を辿って現在スウェーデンの大学図書館に収蔵されているという。聖書の翻訳や写本の研究は、それ自体独立した学問分野だが、最初のゴート語訳聖書誕生のドラマとその後の歴史を興味深く読むことができた。
高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮文庫)早稲田大学探検部出身の著者が、納豆の起源を追ってタイやカンボジア、ベトナム、さらにネパールの奥地を尋ね歩く『謎のアジア納豆』の続編。本書では、なんと西アフリカの奥地(ナイジェリア、セネガル、ブルキナファソ等)にも納豆があったことを突き止める。しかも大豆ではなくバオバブやハイビスカスの実を用いて、それも調味料の一種として(これが日本で我々が普通に食べている納豆と同じものかどうかは別として)食べられている。日本が納豆のルーツだと思い込んでいたが、発酵食品として、地味の乏しい過疎地の貴重な蛋白源として、納豆は優れた食品であることが文化人類学的にも立証される。(戒能信生)