牧師の日記から(512)
3月16日(日)主日礼拝。ガラテヤ書5・16-26の講解説教「霊の導きによって前進」。「聖霊」の働きについて触れ、三位一体の教理がどのように生れたのかについての自説を語る。本来それは多様な信仰理解を共に受け入れる教理だったはずが、以降排除の基準になってしまったのではないか。説教中、聖書を朗読する際文字が見えにくいので、急遽、講壇用の大型聖書を利用した。先週水曜日、右眼の緑内障と白内障の手術を受けたばかりで、見えにくいのだ。礼拝後オリーブの会で、後任牧師招聘委員会の発足について協議。退任しないで続けてやってほしいという要望が出され、しかもそう言われる皆さんがいずれも私より年長者ということもあり、ほとほと困惑する。
17日(月)東神大全共闘の仲間が7人ほど集まる。いずれも70歳代後半から80歳過ぎで、この間のそれぞれの歩みについて率直に語り合う。50年前の出来事を、つい最近のことのように思い出す。『柏木義円研究』第9号の校正直し作業をして、京都の行路社に郵送。メールで追加原稿のデータを送付。
18日(火)午前中、神学読書会で、キュンクの『イエス』の最後の章を、武蔵野教会の佐々木潤牧師の丁寧な紹介と発題で読む。4月から、カルヴァンの『キリスト教綱要初版』を、何かと話題の深井智朗訳で読むことになる。午後はNCAの読書会「キリスト教と文学」で、原田マハの『奇跡の人』を取り上げる。ヘレン・ケラーとサリバン女史の物語を明治中期の日本の東北に舞台を移して大胆に翻案した小説で、その巧みさに驚く。
19日(水)午前中、珍しく雪が舞い、辺り一面が銀世界になって美しい。午後晴れて来たので、散歩。四谷からお堀の土手沿いに歩くが、周辺の桜は未だ咲いていない。『福音と世界』の新しい連載の原稿の仕事に手を付けるが、なかなか捗らない。
20日(木)10時半から信濃町教会での北支区定期総会。千代田教会からは高岸泰子さんと私が出席。大久保正禎牧師が、支区長を10年も続けているので、交代すべきだと発言し、お隣の四谷新生教会の滝澤貢牧師が新支区長に選任される。最期の閉会祈祷を依頼される。出席牧師の中で私が最も高齢とのこと。
(戒能信生)