2026年2月7日土曜日

 

「牧師の日記から」(548)「最近読んだ本の紹介」

千野栄一『プラハの古本屋』(中公文庫)著者は日本におけるスラブ語学の権威。「スラブ語」という言い方を初めて聞いたのは、かつて研究者仲間だった佐藤優(元・外交官の評論家)が「フロマートカ(ロマドカ)の神学を理解するにはスラブ語が必須だ」と力説したからだった。スラブ語は東ヨーロッパ全域で用いられている言語体系の総称で、著者によれば「現在使われているスラブ語は、東スラブがロシア語、ウクライナ語、白ロシア語の三つ、南スラブがブルガリア語、マケドニア語、セルビア語、クロアチア語、スロベニア語の五つ、西スラブがポーランド語、チェコ語、スロバキア語、上ソルブ語、下ソルブ語の五つで、計一三言語」とされる。つまり第一次大戦から戦間期を挟んで第二次大戦、そして戦後から現在に至るまで絶えず紛争や内戦が繰り返されて来た地域一帯の言語なのだ。したがってプラハの古本屋には、その時々の政治体制によって展観できる書籍が厳しく制限されて来た。しかしプラハは戦災に遭っていないので、古い家々に中世以来の膨大な稀覯書が眠っており、政治体制が変わる度にそれが放出されるという。つまり古書店を通してプラハの街の歴史を辿るエッセー集となっている。言語学や文学関係の古書に著者の関心は集中しており、キリスト教関係、特にヤン・フスやコメンスキー、フロマートカなどへの言及がないのは残念。しかしこの国にもこのような読者人にして書籍の収集家がいたのかと感じ入った。

岡本亮輔『キリスト教入門の系譜』(中公新書)この国において圧倒的なマイノリティーであるキリスト教について、数多く書かれてきた「入門書」を通してその歴史と特質を読み解こうとする意欲作。それがまことによくできていて感心することしきり。プロテスタンとだけでなくカトリックについても目配りされていて、私も知らない人物や文献について教えられることが多かった。著者は筑波大学出身の宗教学者で、その観点から見ると日本におけるキリスト教はカトリックも含めて「衰退期」に入っているとされる。私が現在『福音と世界』に連頼している「人物・日本キリスト教史」と問題意識や視点が重なるところがあり、とても興味深く読まされた。(戒能信生)

 

2026年2月8日 午前10時30分

降誕節第7主日礼拝(No.41)

             司式 戒能 信生

黙  想         奏楽 向山 康子

招  詞  93-1-29

讃 美 歌  2

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  45・1-18

讃 美 歌  214

聖書朗読  フィリピ書4・1-9

祈  祷

讃 美 歌  79

説  教  「主は近い」

              大森 意索伝道師

讃 美 歌  196

使徒信条 (9341A

献  金             常盤 陽子

報  告  

頌  栄  46(二度繰り返して)

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・戒能牧師、奏楽・戒能直子

・礼拝後「私の愛唱聖句」常盤陽子

・お茶の会

・礼拝道の後ろに飲み物が用意されています。水分補給にご利用ください。

2026年1月31日土曜日

 

「牧師の日記から」(547)「最近読んだ本の紹介」

中村一成「野蛮な時代を生き延びて」(『世界』2月号)丁度半世紀前の19751122日、韓国に留学していた在日韓国人留学生21名が一斉に逮捕されました。KCIAが「在日韓国人留学生学園浸透スパイ団」として発表した逮捕者の中に、私の友人・金哲顕がいたのです。彼が同志社神学部の学生だった頃、在日の友人の紹介で知り合っています。在日大韓教会の派遣神学生として韓国神学大学に留学中に、この事件に巻き込まれたのでした。同志社を中心に救援運動が始まり、関東連絡会も発足して私も参加することになります。この救援活動を通して、同志社出身の牧師たちと親しくなったのですが、同時に韓国民主化闘争の余波がいきなり身近に迫って来たという感を深くしました。第一審、第二審共に死刑の判決で、事態は深刻を極めます。その後、無期に減刑されますが、救援運動はその後も息長く続けられました。1980年代になって韓国の民主化と共にこの事件の見直しが始まり、多くの人が再審で冤罪が認められ、無罪判決を勝ち取ります。哲顕も釈放され、1989年に帰国しています。この事件から50年目の昨年11月、ソウルでいくつかのイベントが開かれ、その報告が『世界』に掲載されたのです。事件の本質は、軍事独裁政権が民主化運動を弾圧するために、留学生を利用して民主化勢力が北朝鮮の影響下にあるとする冤罪事件でありました。突然逮捕され、激しい拷問を受け、死刑の判決をくだされた留学生たちは、長く獄中生活を強いられ、その重要な時間を奪われました。しかしさらに深刻だったのは、留学生たちの従犯として逮捕された韓国人の友人たちです。北朝鮮との緊張を抱える韓国社会で一度スパイの烙印を押されると、本人だけでなくその家族も激しいバッシングにさらされたようです。哲顕と共に逮捕された韓国神学大学の神学生だった金明洙は、当初無期懲役が求刑され、その後10年の懲役が確定して下獄します。1980年に明洙も出獄していますが、社会安全法が適用されて監視下に置かれ、就職も海外留学の道も閉ざされたといいます。この報告を読んで、まさに「野蛮な時代を生き延びた」人たちのその後に想いを馳せざるを得ませんでした。哲顕は今どうしているのだろうか?(戒能信生)

2026年1月25日日曜日

 

2026年2月1日 午前10時30分

降誕節第6主日礼拝(No.40)

             司式 石井 房恵

黙  想         奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-29

讃 美 歌  2

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  44・1-27

讃 美 歌  132

聖書朗読  箴言30・7-9

ヨハネ福音書4・43-54

祈  祷

讃 美 歌  202

説  教  「彼もその家族も」

                戒能信生牧師

讃 美 歌  476

使徒信条 (9341A

献  金  対外献金「日本キリスト教婦人矯風会の働きを覚えて」高岸 泰子

報  告  

頌  栄  50

派遣・祝福

後  奏 

2026年1月24日土曜日

 

「子育て相談カフェ通信」(第9回)

昨年4月から木曜日の午後は、「子育て相談カフェ」を開こうと計画しましたが、今のところまだ誰も訪れておりせん。新しい企画を考えたのに、全く企画倒れという訳です。無謀の計画、無駄な計画・・・いろいろ反省点もありますが、そう言いつつホッとしているのです。きっと、教会の前を通る人たちの中には相談が必要ではなかったのだと思いますし、四谷新生教会の前にも貼っていただいておりますので、その周辺にも必要とされるお子さんや親御さんはおられなかったのです。これからも、便りのないのは良い便りということで、特に連絡が入らなくても、それはそれで良いこととしてカフェを開いたままとしたいと思っています。

さて、私がこの千代田教会に初めて訪れてから10年になります。私は、当時個人的事情のために、しばらく教会を離れていたのですが、子どもが東洋英和幼稚園に入り、出席シールをもらうためにいく教会を探していたのでした。今でも初めて教会学校を訪れた時のことをよく覚えています。その当時は、野口洋子さんと、橋本悠久子さんが教会学校の教師をされていて、暖かく迎えてくださり、いろいろと声をかけてくださいました。人見知りの私は、あまりしゃべらなかったのではないかと思います。そして、あまり喋らない私に、いろいろと話しかけていただいたのもよく覚えています。そんな子どもの出席シールのためという、ある意味で不純な動機で千代田教会に通い始めた私でしたが、そのような形で、気負うことなくこの教会に招かれたのだとも思っています。そんな私が、この教会で皆様と子どもたちに育てられ、再び神学生になり、こうして伝道師になりましたので、不思議に思ったりもします。

さて、千代田教会は戒能先生が代務者として残ってくださるのでほっとしていますが、教会としてはこれからいろいろと課題があります。その一つにホームページ(HP)のことがあります。私が担当なので、どうしたらいいかと思案しています。身の丈にあったもので、無理して素晴らしすぎるものにはしなくてよいでしょう。ですが、今の時代ですから、外に向けての発信の一つとして、教会のWeb上の玄関として整える必要があるとも思っています。子育て相談カフェのことは載せませんが、Web上の玄関ですので、千代田教会のHPについて皆さまのご意見もお聞かせください。(大森意索)

2026年1月18日日曜日

 

2026年1月25日 午前10時30分

降誕節第5主日礼拝(No.39)

             司式 石井 寛治

黙  想         奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-24

讃 美 歌  1

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  43・1-5

讃 美 歌  453

聖書朗読  哀歌3・25-45

祈  祷

讃 美 歌  520

説  教  「軛を負う者の幸い」

                戒能信生牧師

讃 美 歌  18

使徒信条 (9341A

献  金              高岸 泰子

報  告  

頌  栄  50

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・向山功、奏楽・戒能直子

・礼拝後、入門の会「十戒⑪第十戒」戒能牧師

・お茶の会

・週報発送作業

・ラファエル練習

2026年1月17日土曜日

 

「牧師の日記から」(546

111日(日)主日礼拝。大森意索伝道師の担当で、ピリピ書31223の講解説教「捕らえられて」。「後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ」、それぞれの速さで走れと強調されたのが印象に残った。礼拝後、持ち寄りランチ。この試みも定着してきたようだ。続いて定例長老会。2026年度は戒能牧師の代務体制で歩むことになったが、大森先生との役割分担など課題も残されている。午後、大学ラグビーの決勝戦をテレビで観戦。その後は、書斎に籠って明日の講演の準備。

12日(月)午後から千葉支区内房分区の信徒教職研修会が西千葉教会で開催され、「教団宣教論の推移 強勢低下の背後にあるもの」というテーマで講演した。このところ外部からの講演依頼は、基本的にお断りしているが、旧知の西岡昌一郎牧師(千葉教会)からの依頼であり、比較的近くなので引き受けざるを得なかった。これまで様々な機会に講演したり書いたりして来た宣教論についての私の考えを、データと共に紹介した。40人くらいの参加であったが、信徒の皆さんがよく聞いてくれた。田村喜代子さんが館山からわざわざ参加してくれた。

14日(水)午後から、駒込教会で行われた村田重牧師の告別式に出席。神学校時代からの友人で、この10年神学読書会の常連であった。年齢の近い友人に先に逝かれるのはまことにつらい。『福音と世界』に連載している「人物・日本キリスト教史」の4月号の原稿(中田重治)に取り掛からねばならない。

15日(木)ジャーナリストの松浦茂長さんが、来週の読書会で取り上げる遠藤周作の小説『わたしが・棄てた・女』との関連で、井深八重についてのエセーを送ってくれた。井深八重は、22歳の時、腕にできた斑点をハンセン病と診断されて療養所に入る。3年後、それが誤診と判明したが、その後も、八重は療養所に留まり、患者さんたちの友として生涯を神山復生園に献げることになる。私が大学生の時、好善社の藤原偉作理事長に連れられて御殿場の神山復生園を訪ね、院長だった井深八重さんに会っている。彼女が何者かその時は全く知らなかったのだが、その内面から滲み出るような不思議な美しさが、半世紀後の今も鮮やかに記憶に残っている。(戒能信生)