2026年8月29日土曜日

 

牧師の日記から(568)「最近読んだ本の紹介」

小塩節『銀文字聖書の謎』(新潮選書)向山功さんから勧められて一読。4世紀、ゴート人(ゲルマン民族の一支族)ウルフィラが、独力で聖書の翻訳に取り組み、40年をかけて旧新約聖書の大部分のゴート語訳聖書を完成したという。ヒエロニムスによって聖書のラテン語訳(ヴルガータ)が成立する以前のことだった。ウルフィラ(Wulf-fila=狼の子)は、ゴート族の有力な族長の息子で、母親はギリシアから略奪されて来たクリスチャンの女性奴隷。母親の影響でギリシア語を習得した彼は、初めゴート族の外交官としてコンスタンチノープルに派遣され、さらに総主教エウセビオスに見出されて、アンテイォキアに留学しキリスト教神学を学ぶ。数年後帰国に際して、総主教からゴート族の最初の司教に任命され、その後の生涯をゴート族への伝道と聖書翻訳に捧げることになる。ゴート族には文字がなく、ギリシア語のアルファベットを準用したその翻訳は、想像を絶する困難を伴った。つまり、ギリシア語聖書から別の言語(しかもまだ文字を持たない言語)に初めて翻訳されたことになる。例えばギリシア語のTheos(神)をゴート語のguth(「相談相手」という意味)と訳した。これがドイツ語のGott、英語のGodの語源とされるのだ。約100年後、東ゴート族のテオドリクス大王によってウルフィラ訳ゴート語聖書を羊皮紙に筆写した「銀文字聖書」が作成され、それが数奇な運命を辿って現在スウェーデンの大学図書館に収蔵されているという。聖書の翻訳や写本の研究は、それ自体独立した学問分野だが、最初のゴート語訳聖書誕生のドラマとその後の歴史を興味深く読むことができた。

高野秀行『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮文庫)早稲田大学探検部出身の著者が、納豆の起源を追ってタイやカンボジア、ベトナム、さらにネパールの奥地を尋ね歩く『謎のアジア納豆』の続編。本書では、なんと西アフリカの奥地(ナイジェリア、セネガル、ブルキナファソ等)にも納豆があったことを突き止める。しかも大豆ではなくバオバブやハイビスカスの実を用いて、それも調味料の一種として(これが日本で我々が普通に食べている納豆と同じものかどうかは別として)食べられている。日本が納豆のルーツだと思い込んでいたが、発酵食品として、地味の乏しい過疎地の貴重な蛋白源として、納豆は優れた食品であることが文化人類学的にも立証される。(戒能信生)

 

2026年8月30日 午前10時30分

聖霊降臨節第15主日 礼拝(No.22)

             司式 戒能 牧師

黙  想         奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-53

讃 美 歌  8

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  71・14—24

讃 歌 歌  533

聖  書  申命記4・5—9

      ヤコブ書1・9-18

祈  祷

讃 美 歌  355

説  教  「賜物を用いる」

               柴田朋子伝道師

讃 美 歌  536

使徒信条  9341A

献  金             津金 寿子

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校(夏休み)

・礼拝後、お茶の会

・週報発送作業(時間のある方はご協力下さい)

・礼拝堂の後ろに冷たいお茶が用意されていま

 す。水分補給にお用いください。

2026年8月22日土曜日

 

「希望の砦」柴田朋子

希望をもつのが難しい。そう思う日が増えてきました。

国会では7月、国旗損壊罪法や改正皇室典範が成立しました。国旗を使った表現は大きく制約されることになります。皇室典範改正においては、神話上の人物である神武天皇が当然のように持ち出され、「2600年以上にわたる皇室の伝統」というフィクションが堂々と語られていました。立法の場でそのようなことが議論されるとは、とても近代国家とは思えません。

そして722日、熊本日日新聞によって、陸上自衛隊情報部隊が市民数千人について「愛国心」など思想信条の情報を組織的に調査・収集していることが報じられました。憲法違反の大問題になると思った矢先、「国家情報局」の設置が閣議決定されました。

何年も前から、世の中の空気が戦前に近づいているということが指摘され、このままでは日本が再び戦争への道を歩むようになるという危惧も繰り返し語られてきました。私自身、強い危機感を抱いています。少なくとも国家による思想統制は露骨な現実になりつつあるように感じます。

排外主義的な政策も強化されています。入管庁による「不法滞在者ゼロプラン」はいっそう強化され、外国人の強制送還が積極的に行われています。先日は、難民認定を求める訴訟に敗訴した男性が、自主帰国を決めて東京入管に出頭し、そのまま拘束・収容されるということも起こりました。収容に耐えられる体調ではなく、健康状態の悪化が心配されました。支援者たちが抗議し、数日後に解放されましたが、必要性のない、非人道的な収容であったのは明らかでした。権力がその気になれば、人の自由も尊厳も簡単に奪われてしまうという現実に、怒りと悔しさで気持ちがはち切れそうになります。

社会において正義と平和の実現を目指し、希望をもち続けることはキリスト者の責任だと信じています。一方で、自分の無力さに打ちのめされることもしばしばあります。ですが聖書は言います。「若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが/主に望みをおく人は新たな力を得/鷲のように翼を張って上る」(イザヤ書4030-31節)。一度は疲れ倒れても、あるいは何度倒れても、主に望みを置くなら新たに力を与えられる。何度絶望したとしても、主に望みを置くのなら、自由にこの空を飛ぶことのできる翼を与えられる。

そのことを信じ、希望をもち続けたいと願います。そして教会は、絶望した人が訪れ、希望を与えられて再び立ち上がる場所でありたいと願うのです。教会が、希望の砦であるように。神の望まれる正義と平和を追い求める人々の砦、そこで希望を与えられて世界へと歩み出していく場であるように。

 

子育て相談カフェ通信15回「 地図なしに」大森意索

子どもたちの中には、地図を見ればパッとわかる子と、地図を見てもよく分からない子がいます。それは持って生まれた特性のようなものです。お母さんがスーパーでの買い物を子どもに頼む時、それも初めて行くところであったとき、どう説明するかを考えてみてください。地図で説明しますか?それともまず、角を右に曲がって少し行ったら信号機があるからそこを渡って左にいくとコンビニがあり、さらに進むと八百屋さんに着くというふうに説明するでしょうか?

子どもの得意・不得意が分かるある検査で、この地図を見てパッとわかる理解の仕方を同時処理と言い、地図ではなくて逐次方向を説明していく方を得意とする理解の仕方を継次処理と言います。そして、これは一人一人違っていて、どちらの方が得意かは、人それぞれ生まれながらに決まっているのです。そのことを知らないで、親や先生が、みんなと同じように(単に平均的なだけですが)教えようとすると、不得意なことはとても難しいのです。同時処理が苦手な子は地図は苦手なのです。ですから、それぞれの持ち味(得意、不得意)を知っておくと良いのではないかと思っています。

最近では自動車だとカーナビがありますし、個人でもスマホに頼って、とりあえず行き先を入力すれば、連れて行ってくれるようになりましたので、地図を見ながら探すということがほとんどないかもしれません。地図の苦手な子には朗報なのですが、最近ちょっと考えてしまいました。私もほとんど地図を見なくなりましたが、駅で行き先を入力してスマホで見るとき、自分がどちらに向いているのかが分からないということがあります。自分がどっちに向いて立っていて、どちらに向かって進んだらよいか分からないのです。そんな時はとりあえず10Мくらい歩いて、スマホで移動位置を確認する。そうやって位置を確認し、方向が逆だったら、もとにもどる・・・。結局、自分の足で歩いてみないとわからないのです。便利になり、機器に頼ってある程度素早く対応ができる社会になりましたが、どこに向かって進めば良いのかは、便利な機器だけではわからない。便利なものに頼っていろいろとできるようになったけれど最終的には自分で確認しないと、どの方向に向かっていくのかわからない。現代の私たちが抱えた状況を象徴的に示しているのかもしれません。

2026年8月16日日曜日

 

2026年8月23日 午前10時30分

聖霊降臨節第14主日 礼拝(No.21)

             司式 梅本 和義

黙  想         奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-53

讃 美 歌  8

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  71・1-13

讃 歌 歌  192

聖  書  列王記下16・8-16

      ヨハネ福音書12・1-8

祈  祷

讃 美 歌  450

説  教  「ナルドの香油」

               戒能 信生牧師

讃 美 歌  567

使徒信条  9341A

献  金             田村喜代子

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校(夏休み)

・礼拝後、お茶の会

・大森意索伝道師は、東支区本所緑星教会の説教奉仕に出かけられています。

・柴田朋子伝道師は、北支区下落合教会の説教

 奉仕に出かけられています。

・礼拝堂の後ろに冷たいお茶が用意されていま

 す。水分補給にお用いください。

牧師の日記から(567)「最近読んだ本の紹介」(戒能信生)

阿部正子編『訴歌』(皓星社)から、先週に引き続き、ハンセン病療養所の患者さんたちによって詠まれた短歌のいくつかを紹介する。

「骨埋めむ島とは覚悟定め来て涙落ちたりベッドの上に」

                       小川一男 1939

「病むわれをせめてわが家に死なせむと療園(えん)に入るを父母はこばみぬ」                  大仏正人 1953

「十年前強制の如く送られこし十二人のうち我一人残る」

                        歌川澄夫 1956

「警官にバスを拒否され海沿いのこの道歩みし三十五年前の君」

                        内海俊夫 1978

「癩を病む我を見給ふ父の目は死ねよと如し生みの子我に」

                        瀬戸愛子 1953

「吾の癩告げられし日に死んで呉れといひたりし父の涙も悲し」

                        館 寿樹 1973

「癩全治一号となりたる人は未だ島に住むこの海越へて帰る日はいつ」                     二宮重子 1952

「足を病む我を背負ひて寒き日に医局に通ひし遠き日の夫」

                        北内市子 1988

「手の自由奪われし妻のボタンはめ髪を梳くのも慣れしこの頃」

                        島立 神 1956

「自らの神経痛に苦しみつつ夫はわが手をさすりてくるる」

                        岩本妙子 1965

「二枚づつ塵紙をたたみ小箱におく目しいの夫の取り安きように」

                       石井加代子 1965

「腰痛に起ち居苦しめばわが立つによいしょと傍(そば)に妻が声掛く」                    井上真佐夫 1985

「戦後九年園の民主化なるといへども守衛の壁に手錠掛けてある」

                        横山石鳥 1955

「親子連れ逃走せしは孤児院へ子を送らるる前の夜なりし」

                        木村美村 1935

「記念(かたみ)とて友の遺せしバイブルの金文字の光りわれは偲ぶも」                    向井花一郎 1930

「社会復帰をよろこぶ君のかたはらに病重き君の妻ぎみうつむきて居り」                     深川 徹 1964

「ためらはず癩病む吾らの身のまはり整えくれる若き看護婦」

                        田川健一 1956

「病みゐるをうべないつつも移されし重病棟にきて涙落つ」

                        北村愛子 1960

「すでに目の見えぬ友等と聖歌うたふ光にこだはる思ひ癒へゆく」

                        飯川春乃 1996 

 

2026年8月16日 午前10時30分

聖霊降臨節第13主日 礼拝(No.20)

             司式 石井摩耶子

黙  想         奏楽 梅本 順子

招  詞  93-1-53

讃 美 歌  8

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  70・1-13

讃 歌 歌  470

聖  書  エレミヤ書29・4-7

      エフェソ書2・14-17

讃 美 歌  561

説  教  「園に果樹を植えよ」

               戒能 信生牧師

讃 美 歌  371

使徒信条  9341A

献  金             鈴木志津江

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

・教会学校(夏休み)

・礼拝後、オリーブの会「私の戦争体験」橋本悠久子、オルゴール演奏(岡﨑祐一)(軽食の用意があります)

・大森意索伝道師は、岡山御津キリスト教会の説教奉仕で出張されています。

・柴田朋子伝道師は、北支区大泉教会の説教奉

 仕に出かけられています。