2021年6月27日日曜日

 

2021年7月4日 午前10時30分

聖霊降臨節第7主日礼拝(No14

      司式 梅本 順子

    奏  黙 想        奏楽 内山 央絵

招  詞  93-1-49

讃 美 歌  3(12節)

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編139・1-24

讃 美 歌  166(12節)

聖書朗読  歴代誌下6・12-16

      ルカ福音書7・36-50

祈  祷

讃 美 歌  120(12節)

説  教  「あなたの罪は赦された」

                戒能信生牧師

讃 美 歌  536(12節)

使徒信条  (9341A

献  金             戒能 直子

報  告

頌  栄  87(1、2、3節)

派遣・祝福

後  奏 

  

【本日の集会】

・教会学校 お話し・齊藤織恵、奏楽・内山央絵

・ライブ配信担当・西川穂

・礼拝後、定例長老会

・お茶の会は感染症拡大を避けるため差し控えています。礼拝堂の後ろに飲み物を用意していますので、必要な方はご利用下さい。

 

 

牧師の日記から(323)「最近読んだ本の紹介」

沼田和也『牧師閉鎖病棟に入る』(実業之日本社)ショッキングな表題のこの本は、現役の牧師が自閉スペクトラム症(この病名は診断的加療の結果明らかになった)で、精神科の閉鎖病棟に入院して自分を見つめ直し、そこから回復していくドキュメント。閉鎖病棟での日々、そこで出会った長期入院者たちの実態、特に若者たちの交流が淡々と記されている。旧知の牧師であるだけに、自分自身と重ね合わせ、身につまされながら読まされた。牧師という仕事は、ある意味では人間関係の職務でもある。だから教会員との人間関係が壊れると、たちまち立ちゆかなくなる。牧師で心を病む人が少なくないのは、ある意味で当然なのかも知れない。

前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)アフリカで周期的に発生し大変な被害をもたらすサバクトビバッタの生態を研究するために、モーリタニアの研究所に赴任したポス・ドクの日本人研究者の活躍記。苛酷な環境で、将来ヘの不安を抱えながら(バッタ研究者にとって日本の研究職のポストは狭き門らしい)、しかも現地の公用語であるフランス語が出来ない著者は、次から次へと起こるトラブルを「撥ね除け」ながら頑張る。独特のユーモアをまぶした文章で、楽しく読んだ。

シドニー・W・ミンツ『甘さと権力 砂糖が語る近代史』(ちくま学芸文庫)砂糖に関するあらゆる事象を人類学者が縦横に論じている。考えてみると砂糖は不思議な存在で、カロリーにはなるけれど、いわゆる生存に必要な栄養素ではない。中世においては希少で高価な嗜好品だった。ところが17世紀に西インド諸島における奴隷労働によって大量生産が可能になると(著者は、産業革命に先駆けて砂糖生産の機械化が押し進められたと推定する)、王侯や貴族など一部の嗜好品だった砂糖が、次第に庶民にも好まれるようになり、そこに巨大な経済的な利益が生れる。経済統計による砂糖の生産高や輸入の数値だけでなく、当時の文学作品や新聞記事などで砂糖がどのように触れられているかも丹念に追っている。学生時代、東京湾の埠頭で、キューバ船の砂糖(まだ精製されていない褐色の原糖)の積み出し作業をしたことがある。船底に野積みにされた原糖を、スコップでベルトコンベアーに乗せる作業で、深い船底は暑くて風も吹かず、甘い原糖独特の匂いが立ち込めていた。確か一日の労賃が8000円と割高だったが、重労働でとても続かなかった。そのことを懐かしく思い出した。

沢木耕太郎『ナチスの森で オリンピア1936』(新潮文庫)1936年のベルリン・オリンピックにまつわるエピソードを、この著者ならではのタッチで鮮やかに切り取ってくれる。ヒトラーの全盛期で、オリンピックがいかに政治利用されて来たかがつぶさに紹介される。あの聖火リレーはこのベルリン大会から始まったという。そして、三段跳びの田島直人や200m平泳ぎの前畑秀子など、勝者たちの活躍だけでなく、それ以外の敗者たちについても丁寧に紹介してくれる。(戒能信生)

 

2021年6月27日 午前10時30分

聖霊降臨節第6主日礼拝(No13

      司式 大森 意索

    奏  黙 想        奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-53

讃 美 歌  1(34節)

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編138・1-8

讃 美 歌  165(12節)

聖書朗読  列王記上8・27-32

祈  祷

讃 美 歌  100(12節)

説  教  「ソロモンの神殿での祈り」

                戒能信生牧師

讃 美 歌  419(12節)

使徒信条  (9341A

献  金             岡﨑 大祐

報  告

頌  栄  88(二度繰り返して)

派遣・祝福

後  奏 

  

【本日の集会】

・教会学校(休校)

・ライブ配信担当・西川穂

・礼拝後、入門の会「死と葬儀②」戒能牧師

・週報等発送作業 ご協力ください。

14:00 四谷新生教会牧師就任式(戒能牧師出席予定)

・お茶の会は感染症拡大を避けるため差し控えています。礼拝堂の後ろに飲み物を用意していますので、必要な方はご利用下さい。

2021年6月19日土曜日

 

牧師の日記から(322

613日(日)主日礼拝。ルカ福音書711-17の講解説教「もう泣かなくてもよい」。ルカだけが伝えるこの「ナインの寡婦」の物語は、イエスのガリラヤ伝承の原型が比較的保持されていると言われる。預言者エリヤの伝説が下敷きになっているが、ここでは癒された少年もまたその母親の信仰も前提とされていない。イエスの「憐み」(splangnizomai)の対象は貧しいガリラヤの民衆に拡がっている。礼拝後の聖書を読む会では、齊藤織恵さんがダビデの妻バト・シェバについて発題してくれた。

14日(月)午後、日本聖書神学校と神学生出席教会との懇談会にZoomで参加。それぞれの神学生の教会での活動や働きの報告を聞く。夜は都バスで目白まで行き、神学校での講義。この日は内村鑑三についての受講生のリーディング・レポート。なかなか力作が多く、こちらも教えられる。

15日(火)午前中、神学読書会。バルトの『教義学要綱』第7節「高きにいます神」を山田邦彦牧師の発題と紹介で取り上げた。牧師7名と信徒1名の参加。午後、『柏木義円研究』誌の印刷代などを振り込みに郵便局へ。木曜日に行われるNCA運営委員会のアジェンダを作成し、メールで各委員に送る。その後は、ひたすら矢島楫子の資料を読む。

16日(水)午後3時半から、NCAの評議員会にZoomで陪席。前年度の事業報告と次年度事業計画を承認。任期が切れる理事・評議員の構成について審議。財政的な危機の中にあるNCAを支えなければならない。夜9時から、やはりZoomである教会の後任牧師招聘の相談。コロナ禍で各教会が様々な困難を負っているようだ。合間を縫って、矢島楫子の資料読み。

17日(木)午後から、NCAの運営委員会をZoomで。コロナ禍の中で各プログラムは苦戦しているが、山口里子さんの聖書講座や私の「日本キリスト教史を読む」のアンコール講座に、それほど宣伝もしないのに、全国から90名近いZoomでの参加者がある。このような講座に潜在的な需要があるようだ。来年度、新たに「キリスト教美術」「キリスト教文学を読む」といった講座を始めようかという話になる。

18日(金)一昨日、並木浩一先生の近著『ヨブ記注解』が送られてきた。500頁近い注解書なので通読するわけには行かないが、「序論」をなんとか読み終えた。最後の部分で「ヨブ記はポリフォニック(多声的)」と説明されていて、これまでヨブ記の構造的な矛盾が一挙に解消する感じがした。つまり、導入部で苦難を雄々しく受け止めたヨブが、3章以下であれほど激しく神に議論を挑むのは何故か、さらに終結部の大団円とどう結びつくのかといった文献学的なアポリアが全体として乗り越えられるのだ。この見方は聖書全体にも適応できるのだろうかなどと考えさせられた。

19日(土)朝9時半から、NCAの理事会をZoomで。理事の役割分担を協議する。今週もZoomによるリモート会議が多かった。その利便性から、コロナ禍が落ち着いてもこの方式は定着するのではないか。(戒能信生)

2021年6月13日日曜日

 

2021年6月20日 午前10時30分

聖霊降臨節第5主日伝道礼拝(No12

      司式 石井 房恵

    奏  黙 想        奏楽 梅本 順子

招  詞  93-1-53

讃 美 歌  1(34節)

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編137・1-9

讃 美 歌  194(12節)

聖書朗読  申命記26・1-11

      ルカ福音書7・18-35

祈  祷

讃 美 歌  164(12節)

説  教  「ヨハネの問い」

                戒能信生牧師

讃 美 歌  402(123節)

使徒信条  (9341A

献  金             大森 意索

報  告

頌  栄  88(二度繰り返して)

派遣・祝福

後  奏 

  

【本日の集会】

・教会学校(休校)

・ライブ配信担当・野口倢司

・礼拝後、「戒能牧師に何でも聞く会」(礼拝堂にて、約30分)

・お茶の会は感染症拡大を避けるため差し控えています。礼拝堂の後ろに飲み物を用意していますので、必要な方はご利用下さい。

2021年6月12日土曜日

 

牧師の日記から(321

66日(日)主日礼拝。ルカ福音書71-10の講解説教「百卒長の僕の癒し」。この病気の僕がマタイの平行箇所では「私のpais(少年)」となっていることから、百卒長の少年従卒と理解する聖書学者の提案がある。ここからさらに百卒長とこの奴隷は愛人関係にあったとする解釈が生れる。聖書は一貫して同性愛を断罪しているが、イエスはそれを容認していたのではないかという問いとつながる。いずれにしろユダヤ社会で忌避されていたローマの百卒長の願いを容れてその僕を癒したというこの奇跡物語は、現代の私たちの抱える難問にまでその射程を伸ばしていることになる。礼拝後、定例長老会。緊急事態宣言が続いている間は、礼拝や集会の持ち方になお注意しなければならないと話し合った。また礼拝のライブ配信についても取り上げられた。平均して5名前後がライブで受信しており、20人前後が録画を見ているとのこと。夜、長老会の記録と報告を作成する。

7日(月)午前中、四谷駅前の眼科で定期検診。眼圧を下げる点眼で緑内障の進行は抑えられているとのこと。午後、門前仲町の歯科医の定期検診。その足で目白の神学校へ。図書館で『季刊教会』122号の落合建仁さんの「スペイン風邪と日本基督教会」の論稿を読む。実に丹念に資料を調べており、私の論文への批判も記されていて参考になる。夜は授業。

8日(火)12時から富坂キリスト教センターで、原誠先生、後宮敬彌牧師と「教団教師論」について『ジャーナル風』の鼎談。続いて2時から「同胞教会史研究会」の第1回研究会。同胞教会は明治中期から日本宣教を開始し、東京、千葉、静岡、滋賀、京都、大阪、兵庫の各地に30前後の教会を生み出している。昭和16年に日本基督教団に合流し、それ以降、会派活動を自己規制して来た。そのために同胞教会の関係資料(年会記録や機関誌など)が散逸しているので、それを収拾して整理するのが目的。夜は山口里子さんのマルコ福音書のゼミにZoomで参加。

9日(水)一日在宅で、翌日の講座の準備。そこへ『柏木義円研究』第5号が京都の印刷所から300部送られて来た。賛助会費の会計処理や発送の準備。午後、四ツ谷駅前のクリニックに直子さんが出向き、ようやく7月末にワクチン接種の予約が出来たとのこと。

10日(木)午前中、直子さんに手伝ってもらって『柏木義円研究』の発送作業。午後からNCA連続講座の2回目「新島襄とその時代」をZoomで配信。受講者が80名近くになっており、小さな画面にずらっと並ぶ受講者に語りかけるが、その反応が分からないので何とも隔靴掻痒の感じ。

11日(金)新教ブックレット『100年前のパンデミック』が出版社から送られて来た。この一年取り組んで来た共同研究がこのような形でまとめられたのだ。直子さんに手伝ってもらって知友の方々に恵贈する作業。 

12日(土)午後から「柏木義円の日記を読む会」をZoomで。明治41-44年の時期の日記を精読して発題する。後は翌日の礼拝の準備。(戒能信生)

2021年6月6日日曜日

 

2021年6月13日 午前10時30分

聖霊降臨節第4主日礼拝(No11

      司式 常盤 陽子

    奏  黙 想        奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-53

讃 美 歌  1(34節)

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編136・1-26

讃 美 歌  417(12節)

聖書朗読  イザヤ書60・19-22

      ルカ福音書7・11-17

祈  祷

讃 美 歌  478(12節)

説  教  「もう泣かなくてもよい」

                戒能信生牧師

讃 美 歌  404(123節)

使徒信条  (9341A

献  金             石井摩耶子

報  告

頌  栄  88(二度繰り返して)

派遣・祝福

後  奏 

  

【本日の集会】

・教会学校(休校)

・ライブ配信担当・大森意索

・礼拝後、聖書を読む会(サムエル記下111-27、担当・齊藤織恵)

・お茶の会は感染症拡大を避けるため差し控えています。礼拝堂の後ろに飲み物を用意していますので、必要な方はご利用下さい。

2021年6月5日土曜日

 

牧師の日記から(320)「最近読んだ本の紹介」

山口周三『南原繁の生涯 信仰・思想・業績』(教文館)早稲田教会の本棚にこの本が二冊あったので、古賀博牧師に譲ってもらった。著者は、国土交通省の官僚だったクリスチャンで、南原と個人的な親交を結んだことがきっかけで、長く南原繁研究会を組織していた。つまり政治学や政治哲学の研究者ではない言わば素人が、資料を渉猟してこの大部の評伝をまとめたのだ。そのせいか大変読みやすく書かれている。かつて南原の代表作『国家と宗教』(昭和17年出版)の書評を、石原謙先生が『東京大学新聞』に寄稿しているのを読んだが、本文以上に難解だったのを覚えている。南原の大著は、戦時下での出版だったこともあり、細心の注意を払ってナチス批判を展開しているのだが、その書評もまたそれに輪をかけて難解なのが印象的だった。最近出版された岩波新書の南原の評伝をこの欄でも紹介したが、内務官僚であった若き日のエピソードしか印象に残っていない。それに比べて本書は、南原の信仰と歌集『形相』からの引用を結んで、その生涯の歩みが分かりやすく紹介される。一つ印象に残ったのは、南原が著者に語った言葉「自分はキリスト教というよりも聖書中心だが、新渡戸稲造に出会わなかったなら、自分も無教会の旗頭になっていたかも知れない。」これは、南原理解だけではなく、新渡戸稲造理解のヒントにもなる。

渡辺一郎『伊能忠敬の日本地図』(河出文庫)伊能忠敬の日本地図は有名だが、幕府に提出された本図はいずれも関東大震災などで消失しているという。それを伊能家に残されていた控えや、フランスやアメリカに渡った図面などを探し当てて全体像を復元したのが著者なのだ。しかも著者は地理学の専門家ではなく、もともと電電公社のサラリーマンで、退職後趣味が昂じて伊能研究にのめり込み、伊能図の復元だけではなく、「伊能忠敬研究会」を主催し、「伊能ウォーク」や「伊能図巡回展」などのイベントをリードしたという。特に興味深かったのは、フランスの片田舎に伊能図の一部が残されていた経緯。伊能測量隊の一員だった箱田良助の次男が榎本武揚。幕府はフランスの軍事顧問団に洋式調練をさせていた。しかし倒幕軍が江戸に迫り、結局無血開城に至る。海軍副総裁榎本武揚は、それに抗して幕府艦隊を率いて脱走し函館の五稜郭に立て籠もるが、フランス軍士官の一部が同行したのだという。武揚は、五稜郭で敗れ新政府軍に降伏する際、そのフランス軍大尉に伊能図の一部を贈ったのではないかというのだ。ことの真相は不明だが、なかなか興味深い歴史推理だった。

守谷東記『矢島楫子』(婦人新報社)婦人矯風会の矢島楫子の最初の伝記。矯風会の機関紙『婦人新報』に側近だった守谷東の聞き書きの形で連載されたものを、楫子の逝去後編集して出版されている。その後の大部の楫子傳や三浦綾子の小説、その他の楫子伝説も、結局はすべてこれに依拠している。しかし肝心の楫子の信仰理解については、容易には読み取れない。楫子研究はなお苦戦が続いている。(戒能信生)