子育て相談カフェ通信 第10回「子どもの教会」
昨年4月から毎週木曜日は私の中では「教会の日」として、その日は教会の何かをすることにしました。「何か」が何であるのかよくわからないまま、自分のできることからと、とりあえず「子育て相談カフェ」を始めたのでした。子どもについての相談はなかったのですが、基本的には教会のための「何か」を出来たらと考えていました。その教会の日に、本を読んだり、お見舞いに行くことができたのは良かったと思います。
2026年になり初夢は、教会関連の夢ではなくて、実はこの年末・年始も2回NICUの夢を見ました。それも、急いで処置をしないと赤ちゃんが大変だという状況なのに、全く何も進まないで、ひたすら焦って汗をかいているような、そんな夢でした。早くしないと、赤ちゃんの命が、と思って急ごうとしているのに、何もできない……とてもリアルで、昔に引き戻されたような、そしていまだに過去を引きずっているような、そんなことを考えさせられました。かつて勤務していた病院に一昨年までは週2回外来に行っていましたが、昨年からは週1回にして、木曜を「教会の日」にしたのでした。そろそろ行くのをやめようかと思いながら、無意識のうちには、まだまだ過去の出来事を引っ張っているのかもしれません。
あの新型コロナ感染症の流行からも6年が経ちますが、コロナ感染以来、病院ではマスクは必ずつけることが普通になりました。あれ以来、いろいろなことが変わったように思います。ZoomなどによるWebでの会議が普通になり、キリスト教会ではその時期を境に礼拝出席者数が減少しました。コロナのあの時の戸惑いは今でもよく覚えています。もし自分が教会の誰かにコロナをうつしてしまったら大変だと、直接会うことを躊躇したこともありました。人と人とが会うことが脅威になるかもしれないと恐怖に包まれた時代を経て、今はどうなのでしょうか。
人と人との関係性が希薄になる中で、子どもたちの、スマホ・ゲーム依存が問題となってもいます。そうした時代にあって、さまざまな事情のために礼拝に出席できない方がおられます。そのことを思いながら、人と人が出会えることの意味について改めて考えさせられています。(大森意索)