「牧師の日記から」(547)「最近読んだ本の紹介」
中村一成「野蛮な時代を生き延びて」(『世界』2月号)丁度半世紀前の1975年11月22日、韓国に留学していた在日韓国人留学生21名が一斉に逮捕されました。KCIAが「在日韓国人留学生学園浸透スパイ団」として発表した逮捕者の中に、私の友人・金哲顕がいたのです。彼が同志社神学部の学生だった頃、在日の友人の紹介で知り合っています。在日大韓教会の派遣神学生として韓国神学大学に留学中に、この事件に巻き込まれたのでした。同志社を中心に救援運動が始まり、関東連絡会も発足して私も参加することになります。この救援活動を通して、同志社出身の牧師たちと親しくなったのですが、同時に韓国民主化闘争の余波がいきなり身近に迫って来たという感を深くしました。第一審、第二審共に死刑の判決で、事態は深刻を極めます。その後、無期に減刑されますが、救援運動はその後も息長く続けられました。1980年代になって韓国の民主化と共にこの事件の見直しが始まり、多くの人が再審で冤罪が認められ、無罪判決を勝ち取ります。哲顕も釈放され、1989年に帰国しています。この事件から50年目の昨年11月、ソウルでいくつかのイベントが開かれ、その報告が『世界』に掲載されたのです。事件の本質は、軍事独裁政権が民主化運動を弾圧するために、留学生を利用して民主化勢力が北朝鮮の影響下にあるとする冤罪事件でありました。突然逮捕され、激しい拷問を受け、死刑の判決をくだされた留学生たちは、長く獄中生活を強いられ、その重要な時間を奪われました。しかしさらに深刻だったのは、留学生たちの従犯として逮捕された韓国人の友人たちです。北朝鮮との緊張を抱える韓国社会で一度スパイの烙印を押されると、本人だけでなくその家族も激しいバッシングにさらされたようです。哲顕と共に逮捕された韓国神学大学の神学生だった金明洙は、当初無期懲役が求刑され、その後10年の懲役が確定して下獄します。1980年に明洙も出獄していますが、社会安全法が適用されて監視下に置かれ、就職も海外留学の道も閉ざされたといいます。この報告を読んで、まさに「野蛮な時代を生き延びた」人たちのその後に想いを馳せざるを得ませんでした。哲顕は今どうしているのだろうか?(戒能信生)