2018年9月1日土曜日


牧師の日記から(177)「最近読んだ本の紹介」

見田宗介『現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと』(岩波新書)私の最も信頼している社会学者の最新作。経済成長が限界に達した後の世界はどうなるのかについて大胆な見通しと仮説を提示する。この国の若者たちの意識調査の変遷から、①「近代家族」システムの解体、②「生活満足度」の増大と「保守化」、③「魔術的なるもの」の再生といった傾向を読み取る。それは、ヨーロッパやアメリカの若者たちの意識変化とも共通しているが、特にフランスの若者たちの幸福観の調査結果は感動的ですらある。物質依存から解放された素朴な幸福観が披瀝されているからだ。ただ宗教の将来については、「魔術的なるもの」の再生が指摘される一方で、ある宣教師の信仰の溶解という事態を報告する。アマゾンのピーダハーン部族への宣教師であったダニエル・エヴェレットが、40年にわたる部族との共同生活の果てに、キリスト教信仰を解消したという衝撃的な事実が突き付けられる。つまり近代化と「大きな物語」の圧力の中で、未来への不安を乗り越えるために積み上げられてきた思想や信仰の解体の可能性が示唆されているのだ。いつもながら見田宗介の分析と予測はスリリングで、新たな課題を与えられた思いだった。

森本あんり『異端の時代 正統のかたちを求めて』(岩波新書)この夏の読書の中で最も刺激的な一冊。トランプ大統領の登場やイギリスのEU離脱といった世界政治の混迷の背後に、著者は正統の腐食を観る。そして丸山眞男の「正統と異端」論を、キリスト教教理史から読み解こうとする。すなわち正統は、聖典によっても、教義によっても、さらに職制によっても基礎づけられないという。それらに先立って「どこでも、いつでも、だれにでも」開かれているのが正統だというのだ。このあたりの論述がなかなか説得的で面白かった。ドナティスト論争やペラギウス主義の現代的解釈が秀逸。後半のソローやエマソン、ジェイムズなどのアメリカ宗教思想の展開の部分になると、こちらに前理解が不足しているせいかよく理解できない点も出てくる。しかし現代政治を覆うポピュリズムを「宗教なき時代に興隆する代替宗教の様態」と喝破し、真正な異端こそが次の時代の正統を形成すると予測する。現代政治を、キリスト教思想史の観点から読み解く手法が、この国の読書界ではどのように受け容れられるのだろうか。

更科功『絶滅の人類史 なぜ私たちが生き延びたのか』(NHK出版新書)分子古生物学者が、700万年に及ぶ人類史を辿り、ホモ・サピエンスだけが生き残った理由を探る。例えばネアンデルタール人は、骨格も逞しく脳も大きいのに絶滅してしまった。つまり強くて大きい者が必ずしも生き延びたのではないという。興味深かったのは、旧ソ連の生態学者ガウゼの「同じ生態的地位を占める二種は同じ場所に共存できない」という法則。宗教の世界でも、世界宗教が一度入った社会に、他宗教は容易に定着しないという現象があるのだ。(戒能信生)

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