2020年4月4日土曜日


牧師の日記から(260)「最近読んだ本の紹介」

遠藤正敬『天皇と戸籍 日本を映す鏡』(筑摩書房)戸籍制度の歴史から天皇制を読み解いている。天皇家の人々には戸籍がない。その代わりに「皇統譜」なるものが作成されている。その皇統譜の歴史を繙くと、天皇家の暗部があぶり出されるのだ。そもそも戸籍制度と天皇制とは合わせ鏡のような関係なのだという。一方で、天皇家に戸籍がないということは、彼らに基本的人権が認められていないことを意味する。選挙権もなければ、結婚や離婚の自由もない。それは憲法の基本原則に背馳するのではないか。中野重治の『五勺の酒』の一文を思い出した。「・・・このことで僕は実に彼らに同情する。つまりあそこには家庭がない。家族もない。どこまで行っても政治的表現としてほか、それがないのだ。本当に気の毒だ。羞恥を失った者としてしか行動できぬこと、これが彼らの最大の悲しみだ。個人が絶対に個人としてあり得ぬ。どこに、俺は神でないと宣言せねばならぬほど蹂躙された個があっただろう。」

渡辺由佳里『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)ボストン在住の著者が、アメリカ社会のベストセラーを片っ端からレビュウしてくれる。例えばトランプ大統領の出現が象徴する現代アメリカの混迷を、ベストセラーから読み解いているのだ。それがなかなか穿っていて、これまで知らなかったアメリカ社会の片鱗を知ることができる。大統領選挙の趨勢、ヒラリーやオバマ夫人の自伝、多民族移民社会の現状、セクシャリティーやジェンダーをめぐる混沌、行き過ぎた競争社会と成功主義、恋愛や結婚の変容など、やがてこの国にも押し寄せる現実を予言するかのようだ。その多くが邦語に翻訳されて出版されているが、私はほとんど読んでいない。書評の仕方が、まるでこの国とは異なるのだ。

ウィリアム・アレグザンダー『仮面の街』(東京創文社)羊子お勧めのファンタジーで、ル・グィンも称賛しているという。奇妙なテイストの作品で、独特の世界観が語られる。機械仕掛けの身体をもつ魔法使い、ゴブリンたちによる謎の仮面劇一座、洪水への恐怖など、容易に現代社会への寓意性を許さない。しかしそれだけに、子どもたちは夢中で読むのだろう。

能町みね子『結婚の奴』(平凡社)著者は自らの性同一性障害を明らかにしている文筆家。最近では大相撲の解説者としてもよくテレビで見かける。たくさんのエッセー本を出していて、一度読んでみたいと考えていたら、羊子が買ってきてくれた。セクシャル・マイノリティーの現在を伺い知ることができる。

アントニオ・マンジーニ『汚れた雪』(創元推理文庫)北イタリアの小都市アオスタ警察の副警察長を主人公にするミステリー。各国の警察小説でその国の実情を読み取ることができるが、イタリアのミステリーは読んだことがない。本屋で見かけて目を通した。スキー場で発見された死体、その犯人捜しをめぐる主人公の活躍が語られるが、なんとマリファナの密輸を中抜きする副業をもっている。このあたりの破天荒さがイタリアン・ミステリーなのだろう。(戒能信生)

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