2020年4月25日土曜日


牧師の日記から(263)「最近読んだ本の紹介」

小林和幸編『明治史研究の最前線』(筑摩選書)明治史研究のシンポジウムをまとめた一冊。実証的な史学研究の立場からの明治史研究の現状を知ることが出来る。政治、外交、軍事、思想、文化などあらゆる領域についての最近の研究動向が網羅されている。かつて、家永三郎と丸山眞男がこの領域で抜きん出た存在だった。しかし丸山が今でもしばしば取り上げられるのに対して、家永が引用されることはほとんどない。そこに政治学と歴史学の違いがあるという。つまり敗戦の体験を踏まえて、戦前の日本社会をただ否定的に観るのではなく、またマルクス主義的イデオロギーからも離脱して、実証史学の観点から明治史を捉え直す傾向が顕著になっているようだ。例えば宗教史研究の領域では、村上重良などの国家神道vs民衆宗教という枠組みは「崩壊」したとされる。つまり、実証史学の立場からは、戦前において国家神道が他の宗教の上に屹立していたとは言えないというのだ。しかしそれでは、戦前あらゆる領域を重しのように支配していた絶対主義天皇制の問題は解けないのではないか。このような史学研究の最近の傾向は、現在のこの国の政治状況を確実に反映していて、やはり問題に感じさせられた。それはキリスト教学、あるいは神学の領域においても共通するのだろう。

辻惟雄『伊藤若冲』(ちくまプリマ―新書)『動植綵絵』や「群鶏図」で知られる伊藤若冲の生涯と主要作品が簡略に紹介され、さらに最近の研究動向についても解説してくれる。新書版なのにカラー図版がふんだんに掲載されていて、お得な一冊。最近「京都錦小路青物市場記録」なる文書が発見されて、そこに若冲が登場する。若冲の生家、八百屋・舛源のあった錦小路青物市場(現在も存在する錦市場のこと)が、1771年、奉行所から突然、営業停止処分を受ける。若冲は年寄役として政治力を発揮し、生産農家とも連携して粘り強く交渉して市場再開に漕ぎつけたというのだ。あの孤高の天才若冲のイメージからかけ離れた事実が提示される。また若冲の絵の精神医学的分析から、若冲は「自閉スペクトラム」(アスペルガー症候群)と診断されるという驚くべき研究が紹介される、奇想の天才画家と思われていた若冲のイメージが確実に変わること請け合い。

ガレット・ワイヤー『最後のドラゴン』(あすなろ書房)羊子推薦のファンタジー。魔法使いによってツボに変身させられた若きドラゴンが、第一次大戦と第二次大戦を生き抜き、やがて魔法を解かれてウィーンに現れる。そして一人の少女と出会い、力を合わせて魔法使いと闘って、捕らわれていたドラゴンたちを解放する。しかし、その代償として少女はドラゴンとの友情を忘れなければならない。こう書くといかにも突飛なファンタジーと思われるだろうが、なかなかどうしてリアリティーがあり、とてもおもしろかった。ウィーンに現れたドラゴンの群れを、中東からの難民の寓意として読むこともできるようだ。(戒能信生)

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