牧師の日記から(497)「最近読んだ本の紹介」
狩野博幸『江戸絵画八つの謎』(ちくま文庫)曽我蕭白や伊藤若冲、東洲斎写楽など江戸期に活躍した画家たちの作品の背後にある様々な事情を取り上げていて面白かった。優美な風俗画で知られる絵師・英一蝶が幕府の機微に触れて三宅島に遠島処分されたことは知っていた。ところがその理由が、法華宗への弾圧が背景にあったと著者は考証する。開祖日蓮の教えを守って他宗派や幕府からの布施を受けず与えもしないことを実践した「不受不施派」は、江戸幕府によって邪教として弾圧された。太田南畝が英一蝶の受難について「不受不施法華の故成りといへり」と証言しているという。一蝶の絵にそのような宗教的背景があったとは思いもよらなかった。さらに興味深いのは、弾圧を回避した信徒たちが、秘かにネットワークを作って迫害を受けた不受不施派の人々を支えたという事実。英一蝶は10年に及ぶ遠島暮らしを生き延び、一子さえ得て江戸に戻って画業を継続しているのだ。また「富嶽三十六景」で知られる葛飾北斎について、江戸中期から後期にかけて流行った富士講との関係を考証している。たくさんあった北斎の筆名の一つに「土持仁三郎」があり、この「土持」は、江戸市内に多数造られた富士塚を作る際の「畚(もっこ)運び」から来ているという。ずっと以前、日本宗教史の関連で亀戸天神にある富士塚の由来について調べたことがあり、江戸末期の富士信仰の拡がりに驚いた。まさか北斎が富士講に関係しているとは想像もしなかった。
ブレイディみかこ『両手にトカレフ』(ポプラ文庫)『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の著者が書き下ろした、14歳の少女を主人公とする小説。ロンドンの下町の中学に通う主人公は、薬と酒で育児放棄している母親と小学生の弟を抱えるヤング・ケアラー。その彼女と、なんと大正期のアナキスト金子文子の少女時代を重ね合わせる仕方で、生きづらさを抱える少女の心情と自立への志をラップ仕立てで描く。若き日にロック少女だった著者ならでは視点と言える。
井伏鱒二『厄除け詩集』(国文社)これは、茨木のり子の紹介で知ったのだが、井伏鱒二の漢詩の翻案があまりにもすばらしいので、孫引きで紹介する。井伏については、短編の『山椒魚』や最晩年の『黒い雨』しか読んでいないが、太宰治が師と仰いだ理由が了解できる。
勧酒 于武陵
「勧君金屈巵 コノサカヅキヲ受ケテクレ
満酌不須辞 ドウゾナミナミツガシテオクレ
花発多風雨 ハナニハアラシノタトヘモアルゾ
人生足別離」 「サヨナラ」ダケガ人生ダ (戒能信生)
0 件のコメント:
コメントを投稿