2021年6月5日土曜日

 

牧師の日記から(320)「最近読んだ本の紹介」

山口周三『南原繁の生涯 信仰・思想・業績』(教文館)早稲田教会の本棚にこの本が二冊あったので、古賀博牧師に譲ってもらった。著者は、国土交通省の官僚だったクリスチャンで、南原と個人的な親交を結んだことがきっかけで、長く南原繁研究会を組織していた。つまり政治学や政治哲学の研究者ではない言わば素人が、資料を渉猟してこの大部の評伝をまとめたのだ。そのせいか大変読みやすく書かれている。かつて南原の代表作『国家と宗教』(昭和17年出版)の書評を、石原謙先生が『東京大学新聞』に寄稿しているのを読んだが、本文以上に難解だったのを覚えている。南原の大著は、戦時下での出版だったこともあり、細心の注意を払ってナチス批判を展開しているのだが、その書評もまたそれに輪をかけて難解なのが印象的だった。最近出版された岩波新書の南原の評伝をこの欄でも紹介したが、内務官僚であった若き日のエピソードしか印象に残っていない。それに比べて本書は、南原の信仰と歌集『形相』からの引用を結んで、その生涯の歩みが分かりやすく紹介される。一つ印象に残ったのは、南原が著者に語った言葉「自分はキリスト教というよりも聖書中心だが、新渡戸稲造に出会わなかったなら、自分も無教会の旗頭になっていたかも知れない。」これは、南原理解だけではなく、新渡戸稲造理解のヒントにもなる。

渡辺一郎『伊能忠敬の日本地図』(河出文庫)伊能忠敬の日本地図は有名だが、幕府に提出された本図はいずれも関東大震災などで消失しているという。それを伊能家に残されていた控えや、フランスやアメリカに渡った図面などを探し当てて全体像を復元したのが著者なのだ。しかも著者は地理学の専門家ではなく、もともと電電公社のサラリーマンで、退職後趣味が昂じて伊能研究にのめり込み、伊能図の復元だけではなく、「伊能忠敬研究会」を主催し、「伊能ウォーク」や「伊能図巡回展」などのイベントをリードしたという。特に興味深かったのは、フランスの片田舎に伊能図の一部が残されていた経緯。伊能測量隊の一員だった箱田良助の次男が榎本武揚。幕府はフランスの軍事顧問団に洋式調練をさせていた。しかし倒幕軍が江戸に迫り、結局無血開城に至る。海軍副総裁榎本武揚は、それに抗して幕府艦隊を率いて脱走し函館の五稜郭に立て籠もるが、フランス軍士官の一部が同行したのだという。武揚は、五稜郭で敗れ新政府軍に降伏する際、そのフランス軍大尉に伊能図の一部を贈ったのではないかというのだ。ことの真相は不明だが、なかなか興味深い歴史推理だった。

守谷東記『矢島楫子』(婦人新報社)婦人矯風会の矢島楫子の最初の伝記。矯風会の機関紙『婦人新報』に側近だった守谷東の聞き書きの形で連載されたものを、楫子の逝去後編集して出版されている。その後の大部の楫子傳や三浦綾子の小説、その他の楫子伝説も、結局はすべてこれに依拠している。しかし肝心の楫子の信仰理解については、容易には読み取れない。楫子研究はなお苦戦が続いている。(戒能信生)

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