2021年6月27日日曜日

 

牧師の日記から(323)「最近読んだ本の紹介」

沼田和也『牧師閉鎖病棟に入る』(実業之日本社)ショッキングな表題のこの本は、現役の牧師が自閉スペクトラム症(この病名は診断的加療の結果明らかになった)で、精神科の閉鎖病棟に入院して自分を見つめ直し、そこから回復していくドキュメント。閉鎖病棟での日々、そこで出会った長期入院者たちの実態、特に若者たちの交流が淡々と記されている。旧知の牧師であるだけに、自分自身と重ね合わせ、身につまされながら読まされた。牧師という仕事は、ある意味では人間関係の職務でもある。だから教会員との人間関係が壊れると、たちまち立ちゆかなくなる。牧師で心を病む人が少なくないのは、ある意味で当然なのかも知れない。

前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)アフリカで周期的に発生し大変な被害をもたらすサバクトビバッタの生態を研究するために、モーリタニアの研究所に赴任したポス・ドクの日本人研究者の活躍記。苛酷な環境で、将来ヘの不安を抱えながら(バッタ研究者にとって日本の研究職のポストは狭き門らしい)、しかも現地の公用語であるフランス語が出来ない著者は、次から次へと起こるトラブルを「撥ね除け」ながら頑張る。独特のユーモアをまぶした文章で、楽しく読んだ。

シドニー・W・ミンツ『甘さと権力 砂糖が語る近代史』(ちくま学芸文庫)砂糖に関するあらゆる事象を人類学者が縦横に論じている。考えてみると砂糖は不思議な存在で、カロリーにはなるけれど、いわゆる生存に必要な栄養素ではない。中世においては希少で高価な嗜好品だった。ところが17世紀に西インド諸島における奴隷労働によって大量生産が可能になると(著者は、産業革命に先駆けて砂糖生産の機械化が押し進められたと推定する)、王侯や貴族など一部の嗜好品だった砂糖が、次第に庶民にも好まれるようになり、そこに巨大な経済的な利益が生れる。経済統計による砂糖の生産高や輸入の数値だけでなく、当時の文学作品や新聞記事などで砂糖がどのように触れられているかも丹念に追っている。学生時代、東京湾の埠頭で、キューバ船の砂糖(まだ精製されていない褐色の原糖)の積み出し作業をしたことがある。船底に野積みにされた原糖を、スコップでベルトコンベアーに乗せる作業で、深い船底は暑くて風も吹かず、甘い原糖独特の匂いが立ち込めていた。確か一日の労賃が8000円と割高だったが、重労働でとても続かなかった。そのことを懐かしく思い出した。

沢木耕太郎『ナチスの森で オリンピア1936』(新潮文庫)1936年のベルリン・オリンピックにまつわるエピソードを、この著者ならではのタッチで鮮やかに切り取ってくれる。ヒトラーの全盛期で、オリンピックがいかに政治利用されて来たかがつぶさに紹介される。あの聖火リレーはこのベルリン大会から始まったという。そして、三段跳びの田島直人や200m平泳ぎの前畑秀子など、勝者たちの活躍だけでなく、それ以外の敗者たちについても丁寧に紹介してくれる。(戒能信生)

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