2021年8月14日土曜日

 

牧師の日記から(329)「最近読んだ本の紹介」

加藤陽子『この国のかたちを見つめ直す』(毎日新聞出版)著者は『それでも、日本人は戦争を選んだ』で一躍有名になった近代日本史研究者。昨年、菅首相に日本学術会議の推薦から外された6名の一人としても知られる。その著者が、毎日新聞に執筆したこの10年ほどの時評や書評、エッセイなどが収録されている。『文芸春秋』に連載された司馬遼太郎の名コラム「この国のかたち」を念頭にこの書名が採られているが、一読して、著者の政治感覚と研究者としてセンスを伺い知ることができる。その幅広い読書領域にも感心したが、中でも内村鑑三を再評価して、その日露戦争への批判を引用し、現在の国際情勢、特に中国の先島諸島への進出に対するマスコミや世論の動向に警鐘を鳴らしている点に感銘を受けた。

竹中正夫『美と真実 近代日本の美術とキリスト教』(新教出版社)同志社の竹中先生が亡くなってもう15年になるが、亡くなる直前に出版されたこの本は知らなかった。夫人の竹中百合子さんから贈呈されて、この夏楽しく拾い読みしている。クリスチャン画家として田中忠雄や小磯良平等のことは断片的に知っていたが、彫刻家の萩原碌山や画家の岸田劉生、さらに竹下夢二が洗礼を受けていることは知らなかった。近代日本の美術とキリスト教との関わりを、一人一人詳細に紹介してくれる。この国では絵画や彫刻を作者の信仰や宗教性から捉える試みはほとんどなされていない。その意味でこれは先駆的な試みと言えるだろう。

堀内隆行『ネルソン・マンデラ 分断を超える現実主義者』(岩波新書)27年間獄中にありながら、1994年南アフリカ共和国初の黒人大統領に就任し、悪名高いアパルトヘイトを撤廃し、白人住民たちとの和解プログラムを推進したネルソン・マンデラについては、ノーベル平和賞を受賞したこともありよく知られている。多分に英雄視され、神話化されて来たその生涯を、その後の研究成果を踏まえて、非神話化しながら紹介してくれる。聖書にある和解の思想は、現実政治においてはほとんど実現不可能とされている。しかしその和解を実現するためには、理想主義者ではなく、現実主義者である必要を改めて学ばされる。マンデラを特別視するのではなく、我々と同じ欠けを負った人間として見る視点が大切だというのだ。

巌本善治編『海舟座談』(岩波文庫)『氷川清話』では、少年時代から維新期にかけての海舟の活躍が回顧されていたが、この『海舟座談』はごく晩年の勝海舟の放言に近い談話を丹念に記録している。日清戦争へと向かう世情を鋭く批判している点なども注目される。私が特に関心をもったのは、親交のあった横井小楠や新島襄、横井時雄、徳富蘇峰など熊本バンドやキリスト者たちについての海舟の観方を確認するため。海舟とキリスト教との関連はいろいろ議論されている(中には洗礼を受けたという俗説も横行している)が、やはりこの人は偉大な政治家ではあっても、その精神性・宗教性においては希薄なものを感じざるを得ない。(戒能信生)

0 件のコメント:

コメントを投稿