2021年8月21日土曜日

 

牧師の日記から(331)「最近読んだ本の紹介」

エチエンヌ・トロクメ『キリスト教の幼年期』(ちくま学芸文庫)本書の旧版『キリスト教の揺籃期』は、1998年に新教出版社から刊行されている。どういうわけか見逃していて、文庫本になったので精読した。著者のトロクメは、フランスを代表する新約聖書学者で、ストラスブール大学の学長も担った人(因みに、この大学にはフランスで唯一のプロテスタント神学部がある)。この人の許で最初に日本人で博士論文を書いたのが田川建三さんで、改めて田川さんの新約学にトロクメの影響が濃厚にあることを知った。一世紀から二世紀半ばにかけての時代の初期キリスト教の全体を見渡し、様々な流れの中から新約各書が書かれていった経緯が説得的に提示される。さらに、エッセネ派の影響が初期キリスト教にあったこと、またエルサレム教会と断絶したパウロたちの異邦人教会が、パウロの逮捕とユダヤ人教会の攻勢でいったんは弱体化したかに思われたが、70年のユダヤ戦争以降の政治状況でエルサレム教会が指導力を失うとともに息を吹き返し、パウロの信仰理解が多くの教会に積極的に受け入れられていった経緯を知ることができる。研究者向けに書かれたものではないが、膨大な初期キリスト教の関係資料を渉猟し、それを徹底して批判的に検証していることを伺わせる。索引を用いて、これからも利用するだろう。

清野勝男子『キリスト教葬制文化を求めて』(IPC出版社)教会員の岡﨑大祐さんの御長男・裕一さんからお借りして目を通した。著者は、裕一さんが出席している同盟キリスト教団土浦めぐみ教会の牧師で、数多くの葬儀の実践を通して、日本社会の葬儀習慣に寄り添いながら新しいキリスト教葬制文化を提案している。神学的にもまた宣教論的にもきわめて周到なアプローチに学ばされた。具体例として非キリスト者、あるいは自死者の葬儀等が取り上げられており、とても参考になる。

上野千鶴子『100de名著 ボーヴォアール 老い』(NHK出版)ボーヴォアールの『老い』は読んでいなかったので、テキストを買って来て教育テレビのこの番組を視聴した。古今東西の文学者や哲学者の「老い」についての言説を総覧し、さらにその老いの実際を重ね合わせて論じていることが了解できた。上野千鶴子の解説は、老人問題についてのボーヴォアールの先駆者としての意味と位置を教えてくれる。老いをただ否定的に受け止めるのではなく、老いを引きうけようとする姿勢に共感した。

マイクル・コナリー『鬼火 上・下』(講談社文庫)コナリーのボッシュ刑事シリーズは欠かさず目を通してきた。これまで愛読して来たミステリー作家が次々に亡くなって寂しい思いをしている中で、ほとんど唯一の現役で、今も精力的に創作活動をしているのが嬉しい。引退した老刑事が、ガタが来た身体を引きずりながら若い女性刑事と協力して、未解決事件に取り組む。そのディテールが極めて説得的で読ませる。現代アメリカ社会のある断面が見事に活写されているのにいつも驚く。(戒能信生)

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