2022年11月26日土曜日

 

牧師の日記から(394)『最近読んだ本の紹介』

藤原辰史『歴史の屑拾い』(講談社)このところ早朝に散歩をしていると、各家庭や店舗のゴミが所々にうず高く積まれ、それを東京都の衛生車が収集しているのに出くわす。改めて衛生局の職員たちの働きに頭が下がる思いがする。この本は、藤井誠一郎の『ごみ収集という仕事』の紹介から始まる。そこから、ベンヤミンの『パサージュ論』に言及し、その発想の原点がボードレールの「屑拾いの酒」にあることを教えてくれる。曰く「屑拾いがやって来るのが見られる 首をふり よろめき 壁にぶつかるその姿は まるで詩人のよう」。以前紹介したことのある『中学生から知りたいウクライナのこと』の共著者である若き歴史研究者のエッセー集。もともとはドイツ農業史が専門で、ナチスと農との関りを研究していた人。100年前のスペイン・インフルエンザの集団的記憶が失われた背景を辿り、歴史研究の課題を「屑拾い」と規定する。大きな物語に回収されないように、こぼれ落ちた生の断片を拾い集めて読み解くことに歴史研究者の使命を見定める。教えられ、考えさせられ、共感するところが多かった。

田中小実昌『ポロポロ』(河出文庫)艶笑小説で知られる田中小実昌は、牧師であった実父・田中種助について書いた晩年の小説『ポロポロ』で谷崎賞を受けている。「ポロポロ」は、パウロのことを指すとともに、父や信徒たちの異言を表現している。異言を語る一見熱狂的な父の信仰を、息子の醒めた視線から描いているのが興味深い。ところで、この短編集に収録されている従軍記は、著者自身の中国戦線での壮絶な経験をもとにしている。ところが、そこでは何人もの戦友たちの難死を描きながら、徹底して「物語化」を避けている。戦闘場面は皆無で、過酷な行軍と食糧難、そしてアメーバー赤痢で苦しむ兵卒たちの日常が淡々と描かれる。「大きな物語」に回収されることを徹底して拒み、ただ戦場での兵士たちの日常に密着し続ける田中小実昌の姿勢が印象的。

小塩海平『BC級戦犯にされたキリスト者』(いのちのことば社)以前この欄で紹介したことがあるが、戦時下、日本基督教団から派遣された南方派遣宣教師の一人に、中田善秋という若き牧師がいた。彼は、他の宣教師が帰国した後もフィリピンに残り、軍と現地教会との仲介役を担っていた。その過程で日本軍が約700名の現地人を虐殺したサンパブロ事件に関わったとしてBC級戦犯として訴追され、杜撰な裁判の結果、懲役30年の刑を受ける。その後帰国して巣鴨プリズンに収監され、聖書研究会を組織して『信友』という機関誌を発行していた。この小さな本は、その中田善秋の生涯を追うと共に、釈放後も教会に戻らなかった中田の心情に迫り、教会と私たちの戦争責任を問うている。サンフランシスコ条約後、戦犯たちの釈放運動が遺族会などを中心に展開されたとき、中田一人は「敢えて出所を望まず」として、キリスト者として戦争責任を負うべきだと主張した。しかしその声は当時の教会に響かなかったと言える。(戒能信生)

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