2022年12月25日日曜日

 

牧師の日記から(398)「最近読んだ本の紹介」

小林登志子『古代オリエント全史』(中公新書)副題に「エジプト、メソポタミアからペルシアまで4000年の興亡」とある。旧約聖書の背景にある古代オリエントの全体像を、最近の研究を踏まえて俯瞰してくれる。そこにはイスラエル民族や旧約聖書についての記述は、当然のことながらごく僅かしかない。つまり、我々が旧約聖書を通して理解している世界は、古代オリエント史のごく一部でしかないのだ。無文字社会の故に忘れられた様々な民族があり、文字を持ったとしても大国の興亡に巻き込まれて滅亡した国家も数知れない。特に古代のシリアが大国の草刈り場にされて侵略・支配された歴史は、現在も続いている事実に改めて考えさせられた。そのような中で、弱小民族でしかなかったイスラエルの民とその信仰が今日まで伝えられているのは、ほとんど奇跡に近いと言えるだろう。

長谷部恭男・杉田篤・加藤陽子『歴史の逆流』(朝日新書)憲法学・政治学・歴史学の研究者による鼎談。現在のこの国を取り巻く政治状況についての分析と呵責のない批判が展開されている。特に安倍政権、管政権への批判は手厳しい。その上で、改めて戦後70年以上続いたこの国の平和が、今大きな岐路に立たされていることを教えられる。そうこうしているうちに、いつの間にか軍事費が倍増され、原子力発電ヘの依存がさらに拡大されようとしている。暗殺事件によって安倍政権の憑きものが落ちたように見えるが、その後に来る社会の行く末を凝視しなければならない。

永井荷風『断腸亭日乗 上下』(岩波文庫)この二ヶ月ほど、散歩の途中に少しずつ読み進めて、ようやく81歳で亡くなるまでを読み終えた。ずっと以前に一度読んでいるが、改めて読み直して興趣が尽きなかった。折しも新潮社のPR誌『波』に川本三郎の「荷風の昭和」という連載があり、読み合わせて教えられるところが多かった。徹底した個人主義者として、明治・大正・昭和を生きた荷風の生涯に改めて敬服する。早世した荷風の実弟・鷲津貞二郎は、日本基督教会の牧師であり、終生、荷風との関係も良好だった。鷲津牧師の逝去に際して荷風はこう書き残している。「貞二郎は余とは性行全く相反したる人にて、その一生を基督教の伝道にささげたるなり。放蕩無頼余が如きものの実弟にかくの如き温厚篤実なる宗教家ありしはまことに不可思議の事といふべし。」

大岡昇平・石原吉郎「対談 極限の死と日常の死」(現代詩読本『石原吉郎』所収、1978年)友人の柴崎聰さんからコピーを送って貰って読んだ。詩人・石原吉郎は、信濃町教会の信徒で、私が学生の頃、時折ジャンパー姿の石原さんを見かけているが、直接話したことはない。しかしシベリア抑留の体験を記したその文章に、随分大きな影響を受けている。大岡昇平も、晩年の「成城日記」を愛読していたが、この二人が対談していることを知らなかったのだ。考えてみると二人は、あの戦時下で兵士として生死の境をくぐり抜け、俘虜の経験を共有しているのだ。(戒能信生)

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