2023年1月14日土曜日

 

牧師の日記から(400)「最近読んだ本の紹介」

片野真佐子『柏木義円』(ミネルヴァ書房)友人の片野真佐子さんの『柏木義円』がようやく刊行された。ちょうど1年前の冬、原稿の査読を依頼されて精読しているが、完成した本書を読むと、かなり手が入れられて読みやすくなっている。群馬県の安中教会の牧師として、明治・大正・昭和の時代に抗して生きたその生涯が、義円が発行を続けた『上毛教界月報』、義円が書き続けた詳細な日記、さらに残されている膨大な書翰類を手掛かりに活写されている。これによって柏木義円の全体像が明らかにされたことになる。私は、神学校の「日本キリスト教史」の授業で義円を取り上げてきたが、生涯牧師として生きた義円の姿に、改めて深い感銘を覚えた。読み終わったところに、『図書新聞』から書評原稿の依頼が舞い込み、改めて再読しなければならなくなった。

山口輝臣・福家崇洋編『思想史講義(戦前昭和篇)昭和前期の思想の動向と変遷について、改めて学ばされた。日本共産党内の議論や講座派と労農派の論争、さらに国家社会主義の台頭、農本主義、日本浪漫主義、国体明徴論などに関する主要な著作と論点が、若手の研究者たちによってコンパクトに整理されている。しかしこのような多様な思想の流れが、大東亜戦争に流れ込んでいった事実を改めて考えさせられる。キリスト教関係については、赤江達也さんが「コラム 戦時下のキリスト教」として、無教会系の人々を中心に短くまとめてくれている。

川本三郎『荷風の昭和』(『波』連載中)新潮社のPR誌『波』に現在も連載中の荷風論。既に50回を超えているが、全部ではないがバックナンバーを捜して読んでみた。著者の荷風についての著作はいくつか読んでいるが、この連載では永井荷風の大正から昭和期の日常を、ありとあらゆる資料を手掛かりに読み解いている。言うまでもなく『断腸亭日乗』が主な素材なのだが、そこに出てくる夥しい人名を、それこそ銀座のカフェーで同席した編集者に至るまで探索して同定されており、『断腸亭日乗』の恰好な解説・解題になっている。徹底した個人主義を貫いて、戦前・戦中・戦後を生き抜いた荷風の姿が浮き彫りにされる。前記の『思想史講義』には出て来ない荷風の個人主義の勁さについて考えさせられる。この間、散歩の途中で『断腸亭日乗』を読み返したこともあり、ことさらに興味深く読まされた。

ミック・ジャクソン『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』(創元推理文庫)一種のファンタジー小説で、推理文庫に入っているのが変?イギリスでは『熊のパディントン』に代表されるように熊が愛好されるが、しかし現在は動物園以外には一頭もいない。古代や中世には熊が各地に生息していたが、絶滅してしまったのだ。絶滅させた人間が、絶滅させられた熊をぬいぐるみにして可愛がる風潮を、皮肉とユーモアを込めて描いている。添えられている装画が素晴らしい。(戒能信生)

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