牧師の日記から(490)「最近読んだ本の紹介」
畑中章宏『宮本常一 忘れられた日本人』(NHK出版)時折、Eテレの「100分で名著」を視聴している。読み逃していた名著を、判りやすく紹介・解説してくれてとても便利なのだ。在野の民俗学者・宮本常一のことは、柳田国男や渋沢敬三との関わりで断片的に知っていたが、『忘れられた日本人』は未読だった。この解説書によって、宮本常一の生涯と、特に西日本の離島や過疎地を訪ね歩き、古老たちから直接聞き書きしたそのフィールドワークに関心をもった。例えば、明治維新を民衆がどのように受け止めたか、その前後で生活がどのように変ったかという点を繰り返し聞いている。明治維新については、それこそ小説や映画、テレビ・ドラマでも散々取り上げられて来たが、そこに民衆の暮らしの視点は決定的に欠落していた。まさに「名もなき人々の『小さな歴史』から日本を見る」視点ということになる。
木村哲也『「忘れられた日本人」の舞台を旅する』(河出文庫)若き研究者が、『忘れられた日本人』で宮本常一が取り上げた地域を、1990年代に寝袋を担いだ貧乏旅行で片端から訪ね、かつて宮本が聞き書きをした古老の親族や孫たちを探し当て、その後の地域や人々の暮らしの変化を聴き取ろうとしている。宮本常一自身の出身地である山口県の周防大島や、私自身の育った瀬戸内海や四国各地の人々の証言が、現地の言葉そのままで紹介されていて、柔らかく響いてくる。
宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)ここまで来たらやはり『忘れられた日本人』そのもの読みたくなった。前二著によって概略は知っている証言やエピソードを、宮本自身の文章で再読する感じ。なにより各地の個性ある古老たちの証言が、宮本の巧みな聞き書きによって方言もそのまま再現されているのだ。その語り口が魅力的で興味深い。いわゆる「世間師」たちの話しや、寄り合いにおける時間をかけた合意形成、さらに「土佐源氏」のエロ話に至るまで、興味津々で読まされた。振り返ってみると、私自身も様々な形で教会員の聞き書きを続けて来た。最初に赴任した下町の深川教会では、文章を書くのが苦手な教会員のために、ご自宅を訪ねて半日がかりでその人の生涯の歩みを聴き取り、聞き書きのスタイルで会報『つながり』に連載した。この手法は次の東駒形教会でも踏襲され、月報『旅びと』に教会員たちの「歩んで来た道」を掲載している。千代田教会でも、『羊の群』に岡﨑大祐さんや竹森靜子さんの聞き書きを紹介している。作家の最相葉月さんが各地のキリスト者から聞き書きした大著『証言』が話題になっているが、それと共通する手法と言える。つまり信徒たちの生涯の歩みにもっと注目すべきではないだろうか。(戒能信生)
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