2025年2月15日土曜日

 

牧師の日記から(507)「最近読んだ本の紹介」

 鈴木範久『内村鑑三問答』(新教出版社)内村鑑三研究の第一人者鈴木範久先生が、その蘊蓄を傾けて内村を論じたエッセー集。一見「入門書」のような分りやすい書き方をしているが、どうしてこの著者ならではの周到な研究と資料的裏付けが背後にある。取り上げられるテーマは、例えば最初の結婚の破綻の事情、親友とされる新渡戸稲造との微妙な関係、宣教師を嫌った内村が例外的に親しくした宣教師たちの存在、内村の天皇観、また戦争観の推移、不敬事件で内村を攻撃した井上哲治郎の晩年(彼もまた不敬罪でバッシングを受ける)についての所感、内村から離反した弟子たちとのその後の関係、内村家の経済事情(生涯定職に就かず『聖書之研究』発行と講演や印税だけで食べられたのか?)、極めつけは70歳での内村の死は、心臓病によるとされてきたが、その実態は内村自身の意志による一種の「尊厳死」であった事実など、内村に関わる興味深いエピソードや真相が次々に明かされる。研究者でなくても必読の一冊。

 加藤陽子『この国のかたちを見つめ直す』(毎日文庫)この表題は、『文芸春秋』に長く連載された司馬遼太郎の「この国のかたち」を念頭において、それを批判的に継承しようとする著者の意欲的な志を現わしている。日本近現代史を専攻する著者が、2010年~2022年の時期、新聞や雑誌に寄稿したエッセーや書評を収録している。結果として、その間に起った様々な出来事、例えば東日本大震災と原発事故のその後、平成天皇の退位(譲位)、新型コロナ・ウィルスによるパンデミックと日本政府の対応、東京オリンピックの延期と一年遅れの実施、そして著者本人も当事者となる学術会議の人選拒否事件などについての著者の観察と分析、批判が自由闊達に語られる。随所に、専門とする1930年代の政治や軍事との比較検証が行なわれ、説得力ある議論が展開される。また優れた読書人である著者のこの間の書評も掲載されていて裨益される。例えば、山田朗『昭和天皇の戦争』(岩波書店)は、宮内省編纂の『昭和天皇実録』に消去された事実を、侍従や側近の日記や証言と突き合わせて見事に浮かび上がらせているという。この10年この著者がどのような書籍を読んで来たかを見るだけでも刺激的である。(戒能信生)

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