2019年1月5日土曜日


牧師の日記から(195)「最近読んだ本の紹介」

黒川創『鶴見俊輔伝』(新潮社)鶴見俊輔という人は、私にとってかけがえのない存在だった。学生時代から現在まで、この人の書いたものを読むことによって自分の位置を確かめてきたと言える。何よりその文章が分かりやすい。複雑で難解な事柄を平易に説明するその姿勢にいつも学ばされてきた。その鶴見俊輔の伝記を黒川創がまとめてくれた。著者は、子どもの頃から鶴見の周辺にいて、鶴見の主催した『思想の科学』の終盤の編集実務やその後始末を担った人という。膨大な資料を整理して、鶴見の歩んだ足跡を一冊に編集している。今後鶴見について考える時、必読の文献になるだろう。こういう若い世代の後継者を育てたのも、鶴見俊輔という人の持ち味だった。12月の初めの検査入院中に読んで、改めて教えられ学ばされた。

アーシュラ・K・ル・グィン『所有せざる人々』(ハヤカワ文庫)著者のハイニッシュ・ユニバース・シリーズの一冊。「所有」を否定する人々が鉱山惑星に移住して平等を原則とする理想社会を形成する。しかしそこには拭いがたい停滞と閉塞感が覆う。残された惑星は科学が進歩し豊かな社会に成長するが、貧富の格差と国家間の戦争を止められない。この二つの未来世界を対比しながら、主人公の物理学者が惑星間即時通信を発明して、大宇宙連盟エクーメンが成立するというル・グインの比較的初期のSF小説。単純なユートピア的空想科学小説であったそれまでのSFを一新し、未来社会の構想を通して現在の社会を鋭く諷刺するSFファンタジーの世界を切り拓いている。

保坂正康『戦場体験者 沈黙の記録』(ちくま文庫)昭和史の実証的な研究者である著者が、特に戦友会などの詳細な聞き書きを元に、戦場体験者の生の声を引き出している。一読して教えられたのは、日本軍兵士たちの証言に、時代による変遷が見られること。特に将校たちの記憶と兵士たちの証言の食い違いや矛盾を精査して、その背景までを探っている。最後の「故人が残した記録」の中で、『きけ、わだつみのこえ』にも出てくるクリスチャン特攻隊員林市造のことに触れている。あの時代、信仰を貫いて特攻死したキリスト者の葛藤に想いを馳せられた。

陳舜臣『耶律楚材 上下』(集英社)教会の印刷室にあったので、お正月の休みに読んでみた金王朝の下級官僚でありながら、モンゴル帝国の創始者フビライ・ハンに見出され、宰相にまで登り詰めた耶律楚材を主人公とする歴史小説。略奪と破壊を特徴とする強大なモンゴル政権と、中華文明をいかに両立させるかに楚材の労苦と使命があったとする。戦乱の中での知識人の使命と役割を主題とする。

ローレンス・ブロック『泥棒はスプーンを数える』(集英社文庫)アルコール依存症の探偵マッド・スカダー・シリーズや、殺し屋ケリー・シリーズなどこの作家は多作で知られる。このシリーズは古書店を営みながら、本業は凄腕の泥棒が主人公で、現代アメリカのある断面を知ることが出来る。本来は短編集だが、本作は長編。これも気晴らしに楽しく読んだ。戒能信生)

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