2019年1月12日土曜日


牧師の日記から(196)「最近読んだ本の紹介」

梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』(岩波新書)詩人原民喜の原爆体験についての痛切な詩も折々に読んで来た。しかしそれ以上のことは全く知らなかった。繊細で、極端に人間関係に不器用なこの詩人が、慶應義塾を卒業後、左翼運動に挫折するも幸せな結婚によって立ち直り、妻に支えられながら細々と文学活動を続ける。しかしその愛妻を結核で失い、失意の内に故郷の広島に帰った直後に被爆する。その実見をノートに書き付け、それがあの幾篇かの原爆詩に結晶したのだという。その後上京して原爆詩人として知られるようになるが、昭和26年に中央線の西荻窪駅の近くで鉄道自殺をする。45歳だった。フランスに留学中の遠藤周作を初め友人たちに遺書を残していて、それが哀切極まりない。その蹉跌多い生涯を知って、原民喜の詩が一層身近になった。

四元康祐『前立腺歌日記』(講談社)娘の羊子が本屋で見つけて買ってきてくれた。著者はドイツ在住の詩人で、彼の地で検査の結果PSA値の高いことが発見され、生検をして前立腺癌と診断される。摘出手術を受け、さらにリンパ節への転移を押さえるために放射線療法を受ける。その一連の経過が、パロディーを含む詩や短歌を縦横に織り交ぜながら描かれる。それが独特のユーモアがあり、かつドイツの医療事情や治療の実際を知ることも出来るので一気に読まされた。中でも男性としての性的能力を失うことの重大さが強調されていて考えさせられた。私の場合は年齢もあり、性的機能のことをあまり考えていなかったが、一般にはそれが深刻な問題であることに改めて気づかされた。

柄谷行人『意味という病』(講談社学術文庫)柄谷の文芸評論の多くは、私にとって距離があり過ぎてよい読者ではない。しかし本書に収録された鴎外論「歴史と自然 鴎外の歴史小説」はよく了解でき示唆を与えられた。乃木希典の殉死に想を得て執筆された『興津弥五右衛門の遺書』を、鴎外は後に大幅に改稿している。そこに着目して、人間の意志や意図について、それを自明なものとするのではなく、「自然過程」として捉える鴎外の歴史小説の特質を見出す。つまり動機や理由から歴史を観るのではなく、「資料の中に伺われる自然」にこそ注目して鴎外の一連の歴史小説は書かれたというのだ。その関連でエピソード論に触れているが、私が日本キリスト教史の勉強の中で考えさせられていることと重なる。

橋爪大三郎・中田考『一神教と戦争』(集英社新書)橋爪さんはクリスチャンの社会学者、中田さんはムスリム学者で同志社神学部一神教学際研究センターの教授。欧米思想とイスラムの戦争観が対比されていて、興味深く読んだ。特に西欧的近代とイスラムとの非親和性の歴史的経緯と背景を学ばされた。
鈴木智彦『サカナとヤクザ』(小学館)アワビやナマコ、カニなど高級魚の密漁とヤクザ組織の関わりを追跡したルポルタージュ。築地市場に労働者として潜入したり、ヤクザ組織の伝手をたどって関係者にインタビューしたりして、「密漁ビジネス」の実態に迫っている。全く知らない世界を垣間見た。(戒能信生)

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